auのデザインケータイ「INFOBAR」が、初代モデルの発売から20周年を迎えました。東京・多摩センターのKDDI MUSEUMでは10月30日から、同シリーズの歴史を振り返る「INFOBAR大百科展」が開催されています。
発売20周年を記念したこの展覧会では、歴代モデルの分解展示から開発秘話が詰まったパネル展示、貴重なプロトタイプから関連グッズまで、INFOBARやau Design project/iidaのファンなら時間を忘れて見入ってしまうような品々が披露されます。
詳しくはぜひ現地でご覧いただきたいところですが、本記事では展示内容の一部をかいつまんでご紹介します。
「INFOBAR大百科展」開催概要
- 開催日時:2023年10月30日~2024年1月19日(土日祝日や年末年始は休館)
- 会場:KDDI MUSEUM(東京都多摩市鶴牧3-5-3 LINK FOREST 2F)
- アクセス:多摩センター駅(小田急/京王)から徒歩10分、多摩モノレールからは徒歩8分
- 入館料:300円(大学生以下は無料)
- 備考:12月2日はKDDI MUSEUM 無料見学会(要予約)のため、企画展・常設展ともに無料で見学可能。また、通常は休館日である土曜日に見学できる利点もある。
INFOBARは「デザインケータイ」のパイオニア
初代INFOBARが発売されたのは2003年10月31日。当時既にプロダクトデザイナーとして名を揚げていた深澤直人氏がデザインを手がけ、後にニューヨーク近代美術館(MoMA)の収蔵品にもなり、「デザインケータイ」のパイオニアとして歴史に刻まれた機種です。
「デザインのいいケータイが欲しい」という声に応え、それ以前の携帯電話端末とは異なるプロセスを経て作られたデザインケータイというものが誕生した背景としては、2000年頃はミッドセンチュリーブームをきっかけにインテリアデザインやプロダクトデザインへの注目が高まった時代であったことが挙げられます。
そしてポケベルやPHSから連なる日本特有の若者の携帯電話文化のなかで、携帯電話は単なるコミュニケーションツールとしてだけでなく、「デコ電」のように自分らしさを表現するファッションアイテムとも捉えられていました。
その2点に加え、いまではすっかりおなじみの「au」というブランド自体も、IDOやDDIセルラーの携帯電話事業を一本化した統一ブランドとして2000年に発足したばかり。ブランドイメージを牽引する使命も担いながら「au design project」(注:当時は小文字の「d」、2017年の再始動後は大文字の「D」)が始動し、その第1弾としてINFOBARが生まれました。
他のau design project/iida端末のファンたちがうらやむほど、これだけINFOBARが別格で大切にされ続けているのはやはり、単にヒットしたから、根強い人気があるからというだけではなく、名実ともにauブランドを代表する携帯電話として作り手にも深い思い入れがあるシリーズなのでしょう。
さて、発売から少し時をさかのぼると、2001年にはINFOBARの原型となるコンセプトモデル「info.bar」が発表されています。
最初期のプロトタイプはレゴブロックで作られ、シンプルなフォルムとファッショナブルな色づかいといった根幹の要素が単純明快に示された……というのはINFOBARの歴史を振り返る場では度々登場する比較的メジャーなエピソードですが、同様の初期段階のプロトタイピングとして「石鹸を使って手に優しい形と心地いい触感を表現した」ものや、現在のスマートフォンと違って携帯電話を使い慣れたユーザーは画面を見ずに指先の感覚だけでメールを打ててしまう人も多かったことから「ケミカルウッドの板にテンキー状の凹みをつけた」ものなど(※最終的に製品では凸形状のキーになる)、一見するととても携帯電話のプロトタイプには見えないような素朴な物体でありながら、後々につながるアイデアを秘めたものがいくつもあります。
もう少し具体性を持ったコンセプトモデルを見ると、時代をはるかに先取りした先見の明にも驚かされます。たとえば先述の2001年発表時のinfo.barなら、片面は製品版の初代INFOBARに近い携帯電話、裏面はPDAになっていて、後のスマートフォンにつながるような「携帯電話とコンピューターの二面性を持ったデバイス」の登場が予見されています。
ガラケーからスマホまで7機種の歴代INFOBARを振り返る
初代の登場から現在まで、INFOBARの名を受け継ぐ端末は計7機種発売されてきました。
2003年の初代INFOBAR(三洋マルチメディア鳥取製)、2007年のINFOBAR 2(鳥取三洋電機製)から数年、スマートフォン化されたINFOBAR A01(2011年・シャープ製)やテンキー付きスマートフォンのINFOBAR C01(2012年・シャープ製)が登場し、その後もINFOBAR A02(2013年・HTC製)、INFOBAR A03(2015年・京セラ製)とスマートフォンとして世代を重ねていきます。そして、現状最後の機種となっているのが、Androidベースのフィーチャーフォンとして作られたINFOBAR xv(2018年発売・京セラ製)です。
今回の展覧会では各機種を分解してパーツを並べ、開発秘話やデザインの工夫・特徴などを展示パネルで解説しています。
2017年のau Design project15周年記念、2018年のINFOBAR発売15周年記念など節目を祝う展覧会は過去にも何度か開催されているのですが、これまでは歴代製品やプロトタイプ、当時の販促物などが主に展示されており、今回のように歴代全機種の中身を包み隠さず見られ、各機種で苦労したポイントなどの裏話も交えてより深く知れるというのは目新しい内容でした。
たとえば初代モデルならすき間なく敷き詰められた特徴的なキー配置、それもテンキーすべて=5段を仕切りなしで、操作性や耐久性に問題が出ないよう形にするのが困難だったといいます。シンプルな見た目のデザインケータイをコンセプトに近い形で製品として送り出すまでには、その裏に“普通のケータイ/スマホ”を作るのとは少し違ったトラブルがあり、さまざまな工夫や努力が隠されているというのはどの世代の機種も同様です。
開発・製造面ではない意外なところで頓挫したエピソードとしては、INFOBAR A01の開発が本格的に始動する前、シリーズ初のスマートフォンのデザインを検討していたら、その真っただ中に発表されたiPhone 4と被って泣く泣くお蔵入りに……という話には驚きました。
初期案はスマートフォンの「INFOBAR SUPER」(※2008年のコンセプト「SUPER INFOBAR」とは別)、テンキーを備えた「INFOBAR3」、タブレットの「INFOBAR PAD」の3機種展開で、このINFOBAR SUPERは「金属フレームを表裏のパネルで挟んだ」デザインだったそう。完成した物だけを見ると、INFOBAR A01のポップで可愛らしいデザインはまさに「INFOBARをスマホにしたらこうなった」という印象で、はじめからそういう路線で着手したものだと思っていただけに意外でした。
INFOBAR SUPERに相当するものはA01、INFOBAR3に相当するテンキー付きモデルは翌年のC01と、ほぼ同世代で2形状のラインナップまでは実現したわけですが、少し想像がつかないタブレット版のINFOBARも見てみたかったですね。
なお、今回の展覧会では分解されていない状態のINFOBARが勢揃いするような展示はありませんが、そこはぜひ会場となるKDDI MUSEUMの常設展示もじっくり見て行かれると良いでしょう。
見学ルートの前半では衛星通信や海底ケーブル網などの国際通信の歴史が解説されており、社史の域を超えた日本の通信史として非常にためになる内容ですし、後半では歴代のau携帯電話・スマートフォンが壁一面にずらりと数百台飾られたコーナーがあり、ここではもちろんINFOBARやそれ以外のau design project/iida端末も見られます。
懐古で終わらない、au Design projectの魂を受け継ぐ次の取り組み
さて、前回のアニバーサリーイヤーである15周年の時には、展覧会の開催とほぼ時を同じくして待望の新機種、それもフィーチャーフォンスタイルのINFOBAR xvが発売されたわけですが、今回は残念ながら新機種は登場しません。
国内メーカーの携帯電話端末事業からの撤退が相次ぐ中、au Design projectのようにキャリア主導で独自性の高い端末を作ろうにもパートナーとなる端末メーカーがいないというのは想像に難くありませんし、すっかりスマートフォンが生活の一部として溶け込んだ環境でデザインを武器に「誰もが使っているあの機種」以外を選んでもらうというのもなかなか難しいことでしょう。
しかし、新機種の投入を現状考えていない理由は、実はそういった「作れない」「現実的にビジネスとして成立しづらい」ということがすべてではないと言います。
初代INFOBARからau Design projectに長年携わってきたKDDIの砂原氏は「(新機種を)出したいし、出せなくはないと思う。でも、au Design projectではデザイン、デザインと言いながらも、ちゃんと新しい技術的なチャレンジもしてきた。今やるとたぶん表層的なデザインのチャレンジで終わってしまう」と語ります。
つまり、過去のデザインのうわべをなぞったスマートフォン版を作る、あるいは新しいプロダクトデザイナーを迎えてデザイン性の高いスマートフォンを作るということはできても、現在のコモディティ化したスマートフォンというフォームファクタのなかで、見た目だけではないau Design projectならではの新たな価値を創出するのは難しく、今は端末開発に力を入れる時期ではないという考えです。
たしかに、5年前にフィーチャーフォンスタイルで発売されたINFOBAR xvでさえも、ただ往年のファンに向けたリバイバルモデルではなく、デジタルデトックスの流れを汲んだ「スマートフォンから距離を置きたいシーンで使い分けるサブ端末」という提案でもありました。
仮に携帯電話端末という形で新しい提案を世に投げかけることは当分ないとしても、au Design projectの魂を受け継いだプロダクトは今後も生まれていきます。
今回のINFOBAR 20周年展覧会も単なる懐古で終わるものではなく、いわば“過去編”であるこの「INFOBAR大百科展」と対をなす“未来編”の「Digital Happiness / いとおしいデジタルの時代。展」が11月23日から東京ミッドタウンの21_21 DESIGN SIGHTで開催されます。
au Design projectを牽引してきたキーマンである砂原氏は現在、Web3推進部に所属しており、au Design projectの流れを汲む次なる取り組みもやはりその方向にありそうです。
そのひとつとして、リアル空間とバーチャル空間で連動する「METAVERSE WATCH concept」がすでにメタバースプラットフォーム「αU」と関連して発表済みですが、仮想空間ならではの面白さもあるけれどやはりリアルのプロダクトにも思い入れがあり、両方を大切にしていきたいと砂原氏は言います。
そんなこれからのau Design projectのターニングポイントとなりそうなのが、Digital Happiness展でお披露目予定の「Ubicot」です。生成AIを活用した小さなマスコットで、マンガ・アニメに主人公のパートナーとして登場する妖精や使い魔のような存在を目指しているとのこと。AIベースで対話できる小さなマスコットというのは夢がありますし、深澤直人氏がデザインを手がけるということで、ハードウェアとしても手に取って愛着のわく、ファンの期待に新しい形で応えるものになりそうです。
このほか、Digital Happiness展では20周年記念グッズとして開発中の「初代INFOBAR型Apple Watchケース」なども公開されるので、INFOBAR大百科展とあわせてチェックしてみてください。