米クアルコムが、同社のBluetoothオーディオ向けSoC(チップセット)を搭載する機器同士で20ミリ秒未満の低遅延伝送を実現する、aptXコーデックに基づく新技術を発表しました。この技術を搭載する商品は、2023年中にPC/モバイルゲーミング向けのUSBトランスミッターとして商品化される見込みです。

  • クアルコムがオーディオプラットフォーム「Qualcomm S3 Gen 2」で高品位・低遅延なゲーミング&LE Audio体験を実現へ。写真はSnapdragon SoundやLE AudioなどをサポートするUSBトランスミッターのイメージ

Bluetoothオーディオの遅延が驚くほど改善! aptXベースの新技術

今回クアルコムが発表した技術は、Bluetoothによるワイヤレスオーディオの信号伝送の遅延を最小化することを目的としています。同社のaptXコーデックによるBluetoothオーディオの伝送技術をベースとして、さらに送信・受信両側デバイスのチップセットがBluetooth LE Audioのプロトコルにより通信できる環境で有効になります。

対象となるのは、2022年11月にクアルコムが発表した、Qualcomm Snapdragon Sound対応の新しい「Gen2」世代のS5/S3 Sound Platformチップセット。特にUSBトランスミッターのように、ワイヤレスオーディオの信号を確実に、遅延なく送り届けることを目的とするシンプルな製品の場合、スタンダードクラスの「Gen2 S3 Sound Platform」(QCC30xxシリーズ)のチップセットが多く使われることが想定されます。

  • 2022年秋にクアルコムが発表したオーディオ向けチップセット、Gen 2 S5/S3 Sound Platformによる新しい低遅延伝送のための技術が発表された

Bluetooth LE Audioには既にいくつかのスマートフォンが対応していますが、本格的な普及拡大は今年の後半以降になると見込まれます。

LE Audioの標準コーデックであるLC3や、クアルコムが提供するaptX Adaptiveもまた、Bluetoothに対応するデバイス間同士でオーディオ信号の送受信の遅延を大幅に短くできる技術として信頼を獲得しています。ところがスマホの場合、OSを介することによる遅延を伴うことから、最新のGen 2世代のSound Platformのチップを擁する場合でも48ミリ秒前後までで遅延の短縮は頭打ちになります。もっとも、このスピードでもスマホによる動画再生や、シビアなオーディオのレスポンスを必要としない種類のゲームコンテンツであれば十分快適に楽しめるのですが。

それに対して、処理速度優先のリアルタイムOSが組み込めるUSBトランスミッターであれば、OSに由来する遅延がさらに解消され、チップセットの性能をさらに引き出すことで遅延を20ミリ秒未満にまで短縮できます。

  • リアルタイムOSを組み込んだオーディオ機器と組み合わせることにより、20ミリ秒前後の遅延にまで抑えることが可能になる

USBトランスミッターは無線通信機能を持たないデバイスにその性能を付与するためのデバイスです。近年は無線通信機能がないモバイルPCやポータブルゲーム機器を見つけることの方が難しくなりましたが、低遅延性能に優れるaptX AdaptiveコーデックとSnapdragon Soundに対応するデバイスは多くはありません。

それどころか、クアルコムの最新チップセットとBluetooth LE Audioのプロトコルをベースに、低遅延性能をさらに高めたUSBトランスミッターがあるとすれば、今後快適なモバイルゲーミングに必携のアイテムとして多くの引き合いが得られそうです。

ゲーミング用USBトランスミッターなどに広がる可能性

今回、筆者はクアルコムの日本法人のオフィスで、aptXコーデックに基づく低遅延伝送の新技術を体験しました。Gen 2 S3 Sound Platformのチップセット「QCC3086」を組み込んだSnapdragon Sound対応のプロトタイプをリファレンスとして試聴しています。デバイスは、送信側がPC/スマートフォンに装着したUSBトランスミッター、受信側が左右独立型の完全ワイヤレスイヤホンです。

  • スマホに装着したUSBトランスミッターとワイヤレスイヤホンで、鍵盤演奏のアプリを体験

  • PCゲームでaptXベースの低遅延技術の実力を体験

スマートフォンでは、ピアノの鍵盤を弾いて音を鳴らすアプリを試奏しました。比較対象のAACコーデックで接続されたスマホと完全ワイヤレスイヤホンの組み合わせでは、画面をタップしてから一拍おいて音が聞こえてきます。続いてクアルコムのリファレンスを試すと、画面をタップした瞬間に音が鳴ります。本物のピアノのように“鍵盤を押し込む”感覚がないためか、画面上の鍵盤に触れた瞬間に音が聞こえる体験がむしろ新鮮すぎました。

  • 左がaptXコーデックに基づく低遅延伝送の新技術に対応したスマホ+USBトランスミッターとイヤホン。比較対象として、右にはAACコーデックで接続されたスマホとイヤホンがある

  • ピアノの鍵盤を弾いて音を鳴らすアプリを試奏する筆者

※Snapdragon Soundに対応した完全ワイヤレスイヤホンとUSBトランスミッター(いずれもプロトタイプ)の組み合わせで、アプリ画面の鍵盤を叩いたときの遅延イメージ

※AAC接続の完全ワイヤレスイヤホンでアプリ画面の鍵盤を叩いたときの遅延イメージ

もうひとつの環境はモバイルPCによるゲーミング体験でした。(一般的なワイヤレスゲーミングヘッドホンよりも)クアルコムの新技術を載せたUSBトランスミッター+完全ワイヤレスイヤホンの方が、シューティングゲームの音声のレスポンスが明らかに自然で、心地よくゲームの世界に入り込めました。

  • コントローラーによる操作に対して、音が遅れることなく聞こえてくる

クアルコムによる最新世代のSound Platformのチップセットとソフトウェアは既に出荷を開始しています。今後5〜6カ月のうちにゲーミング用USBトランスミッターなど、クアルコムの低遅延伝送技術を活かした商品が続々と誕生することも期待できます。

さらに、LE AudioをサポートするクアルコムのGen 2世代のS5/S3 Sound Platformは、1台の送信端末から複数の受信端末に音声を送り届ける「Auracast」(オーラキャスト)と名付けたLE Audioの新しいユースケースにも対応します。

  • クアルコムのオーディオ向けチップセットはLE Audioの「Auracast」もサポートする

クアルコムのチップセットを搭載する製品がすべてAuracast対応になるとも限りませんが、Auracastでは不特定多数のユーザーに向けてBluetooth経由でブロードキャストされている音声コンテンツが楽しめます。たとえば電車内のモニター、商業施設の大型ビジョンなどの音声をAuracastに対応するイヤホンで聴いたり、新しいかたちのエンターテインメントが今後生まれる可能性もあります。クアルコムのオーディオ向けチップセットを搭載する製品に要注目です。