景気の悪化が危ぶまれる2023年。過去を振り返ると、MicrosoftやAppleの創業、GoogleやAmazonの躍進、iPhoneの台頭など、米テック産業では景気後退が歴史的な変化の変わり目になってきました。では、今回の停滞はどのような変化をもたらすのか? 今年の米テック産業を展望します。

浅い後退でとどまるか、それとも大不況入りか。インフレはまだ天井ではないという声がある一方で、警戒すべきはデフレという声もある混乱した2023年。次の米大統領選挙が意識され始める今年後半に米経済は回復し始めるという見方(期待?)が強いものの、それも前半の成り行き次第です。FRB(米連邦準備制度理事会)が舵取りを誤れば一気に暗転してしまいます。

  • インフレ退治を優先するFRBに対し、イーロン・マスク氏は急速な利上げでデフレ圧力が強まるリスクを警告しています

どちらのシナリオに進むかでテック産業の展開も変わります。だから、金融危機が起こる可能性も含めて悪いシナリオへの備えを怠れないのが現状です。

そこで質問です。以下の2つは正しいでしょうか?

  • 景気が悪化すると企業が冒険をしなくなって大型買収は起こらない
  • 研究開発が抑制され、消費者が財布の紐を締める不況時に革新的な製品は出てこない

答えはどちらも誤りです。

景気が悪化するとM&Aの動きは全体的に鈍くなるものの、経済減速期には好況時に上昇した価格水準が一旦リセットされて買いやすくなり、回復期の新たな成長を見すえた効果的な買収がまとまりやすい側面があります。例えば、昨年12月に米バイオ医薬品大手Amgenが希少疾患治療薬を手掛けるHorizon Therapeuticsを278億ドルで買収することで合意しました。

今は資金に余裕がある企業にとって、自分達が本当に必要としている企業を買収するチャンスといえます。でも、今のGAFAMはその例ではありません。Amgenが買収合意を発表した昨年12月のGAFAMのM&A関連のニュースというと、米Microsoftによる米ゲーム大手Activision Blizzardの買収について米連邦取引委員会(FTC)が差し止めを求める訴訟を起こしたというものでした。

  • FTCがActivision Blizzard買収の阻止に乗り出したのに対し、Microsoftはサブスクリプションやクラウドゲーミングといった新しいゲームの楽しみ方が増える中でゲームスタジオの買収がゲーム産業の活性化につながると主張しています

巨大ハイテク企業への力の集中をFTCが警戒する中、GAFAMは買収で新市場に参入する拡大戦略を採りづらい状況にあります。大型買収に限らず、FacebookがInstagram買収(2012年)やWhatsApp買収(2014年)を通じて独占的な競争力を強めたことなどからスタートアップの買収についてもFTCは警戒感を強めています。

それはスタートアップやベンチャーにとって大きな出口戦略の喪失です。しかし、巨大ハイテク大手による新興企業の買収には、将来の脅威の可能性の芽を摘みとっている一面があります。FTCによる巨大ハイテク企業の買収への監視の強化は、かつてのSnap(Facebookによる買収を拒否)のように独力で台頭し始めた新興企業を巨大ハイテク大手の影響から護り、市場の代謝を促進する狙いがあります。

昨年、「Midjourney」「DALL・E2」「Stable Diffusion」など、画像、文章、音声、プログラムコード、構造化データなど様々なコンテンツを生成する生成AI(Generative AI)が大きな話題になりました。同分野で最も注目を集めている企業の1つであるOpenAIには、Microsoftが2019年に10億ドルを出資しており、さらに再出資を交渉中であると昨年10月にThe Informationが報じています。設立から7年のスタートアップの価値を200億ドル弱と評価しており、傘下のGithubが「Copilot」(AIを用いたコードのオートコンプリート機能)にOpenAIのCodexを採用しているそうです。

  • OpenAIの画像生成AI「DALL・E2」で、「Teddy bears mixing sparkling chemicals as mad scientists as digital art」(マッドサイエンティストのようにキラキラした化学物質を混ぜるテディベアをデジタルアート風に)の生成結果

ドットコム・バブル崩壊時には、GoogleやAmazon、eBayといった一握りのWeb企業が景気後退期を生き抜いてその後の大きな成功をつかみました。GAFAMが成長戦略を「買収」から「出資とパートナーシップ」に変化せざるを得なくなったことで、市場にインパクトをもたらせる本物のスタートアップやベンチャーが今の厳しい経済環境を生き残りやすくなっています。

2つめのイノベーションについては、過去を振り返ると、米国がインフレに苦しんだ1970年代中期にMicrosoftやAppleが誕生し、ドットコム・バブル崩壊の焼け野原からGoogleやAmazonが芽吹き、リーマンショック後の不況の中からiPhoneが成長、そして配車サービスのUberや民泊仲介のAribnbといったモバイル時代を切り開く新サービスが成長しました。景気後退期を経て現れた革新の例は枚挙にいとまなく、時にディスラプション(創造的破壊)が起こる変わり目になってきました。

  • 金融危機の後、PC市場でネットブックと低価格PCの競争が激化。より安くばかりが競われてPCの新たな魅力が失われる中、2010年にAppleが初代「iPad」を投入してタブレット市場を開拓しました

景気が悪い時は低価格競争が起こりやすくなりますが、一方で消費者が必要なものを見極めるようになり、本当に価値のある製品やサービスが受け入れられやすくもあります。京セラの稲森和夫氏は「不況は成長のチャンス」の中で、「不況のときには、忙しさにまぎれて着手できなかった製品や、お客様のニーズを十分に聞けていなかった製品を、積極的に開発しなくてはなりません」と述べています。

では、今どのようなニーズが見いだされようとしているのでしょうか?