ソユーズ打ち切りの影響は一時的

2019年に行われた前回の記者会見では、多くの記者の関心は「スペースXの低価格攻勢に対抗できるのか」だった。アリアン6の開発は打ち上げコストの低減を大きな目的としており、果たしてスペースXのファルコン9ロケットの再使用化に対抗できるのか、アリアンスペースも再使用化を目指すのかが焦点となっていた。しかし今回は、関心の焦点はロシア問題に移った。

2021年にアリアンスペースの契約で打ち上げられた9機のソユーズのうち、8機は低軌道コンステレーション通信衛星のワンウェブ、1機は欧州版測位衛星のガリレオだったが、2022年はワンウェブの打ち上げを1回行っただけで打ち切られた。今後のアリアンスペースの打ち上げ予定からも、ソユーズは姿を消している。

ワンウェブはソユーズの代わりにスペースXやインドのGSLVロケットで衛星打ち上げを継続すると発表している。またESAもアリアンスペース以外のロケットを使用する可能性に言及した。アリアンスペースのラインナップからソユーズが消えた分が、他社のロケットに流出した格好となった。

このことについて、イズラエルCEOは「ESAが他国のロケットを使用するのは一時的、暫定的な方針に過ぎない。ヨーロッパの政府衛星は今後もアリアンスペースを優先使用する」と発言し、ヨーロッパの政府衛星打ち上げ能力を担当するアリアンスペースの位置づけには変更がないことを強調した。

アリアンスペースの商業打ち上げをH3ロケットで?

一方で、アリアン6の開発遅延もあり、アリアンスペースの打ち上げ能力に余裕がないのも事実だ。1号機打ち上げは2023年第4四半期とされており、「2024年までは予約でいっぱい(イズラエルCEO)」だという。今後もソユーズをはじめロシアのロケットを、日米欧などの企業が利用できる状況にないことを考えると、ロケット打ち上げ能力の供給不足は長期化する可能性がある。

一方、アリアンスペースは日本の三菱重工業と、衛星打ち上げに関する相互協定を結んでいる。受注した衛星打ち上げを、お互いに依頼できるというものだ。アリアンスペースでさばききれない商業打ち上げを、三菱重工業がH3で代行する可能性はあるのだろうか。

高松聖司東京事務所代表は「三菱重工業との協定はまさに、現在のような状況に対応するためのものだ。三菱重工業とアリアンスペースは商業打ち上げ市場においてはライバルでもあるが、パートナーでもある。重要なのは顧客に打ち上げサービスを提供することにある」とアリアンスペースが受注した衛星打ち上げを三菱重工業に依頼する選択肢について、期待を述べた。

  • 高松聖司東京事務所代表

    アリアンスペースの高松聖司 東京事務所代表

ただし、H3も開発が遅れており、1号機の打ち上げは2022年度中を予定しているものの、同様に遅れるはずの2号機以降の打ち上げ時期は未発表となっている。H3がアリアン6のバックアップとして商業打ち上げを依頼されても、近年中に追加打ち上げを設定できるかは不明だ。H3に出番が回って来るかは、H3側の打ち上げ回数を増加できるかどうかに掛かっていると言えそうだ。

すでに始まっている次世代開発

アリアンスペースは、今後の技術開発についての見通しも示した。現在開発中のアリアン6はすでに改良型の「ブロック2」の開発も行われており、「プロジェクト・カイパー」の打ち上げに適した改良が行われる。またヴェガCの第3段固体ロケットを液体メタン燃料エンジンに置き換えて能力向上するヴェガEの開発も行われている。

また、アリアン6の改良や後継として、再使用型ロケットの開発も継続する。現在、日仏独共同の再使用ロケット実験機カリストの開発が行われているが、さらにアリアンスペース独自の実験機テミスの開発が行われている。アリアン6の後継機、アリアンネクストへ向けた技術開発がすでに進行中だ。

アリアンスペースは再使用型ロケットを「グリーンなロケット」と表現した。2019年にはスペースXとの比較で「価格競争には再使用型ロケットの必要性があるか」ということが注目されたが、今回のアリアンスペースの発表では価格に関しては触れられず、ロケットを使い捨てにしないという環境面のメリットが前面に掲げられた格好だ。

再使用型宇宙船スージーの構想も示された。スージーはスペースシャトルの機首だけを切り取ったような砲弾型の宇宙船で、アリアン6で打ち上げられる。着陸はロケットエンジンの逆噴射による垂直着陸方式で、宇宙ステーションなどへの補給に用いる貨物型と、有人型が考えられている。

  • 次世代に向けたさまざまな研究がすでに進められている

    次世代に向けたさまざまな研究がすでに進められている

ロシアのウクライナ侵攻には大きな影響を受けたが、アリアンスペースはアリアン6を軸として体制を整えつつあり、商業打ち上げサービスという事業は盤石であることを強調した。一方で世界的に宇宙ロケットが供給不足であり、アリアンスペースにも当面は余力がなく、日本のH3ロケットも含めて国際協力が必要なことも認めた。

商業宇宙輸送にとって予想外の大きな節目となった2022年だったが、アリアンスペースはすでに次世代の宇宙開発を視野に入れて動き出していることを強調した発表だった。