EDIFIERの平面型ドライバー搭載ワイヤレスヘッドホン「STAX SPIRIT S3」が5月30日に発売されました。いわゆる音質重視のヘッドホンですが、興味深いポイントがいくつもある凝縮感たっぷりの注目モデルです。

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    EDIFIERの平面型ドライバー搭載ワイヤレスヘッドホン「STAX SPIRIT S3」

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    STAX SPIRIT S3

EDIFIERってどんなブランド?

EDIFIER(エディファイア)という名前になじみがないかもしれませんが、同社は1996年に北京で漫歩者科技(Edifier Technology)として創業した中国屈指の音響機器メーカーです。当初は欧米企業のOEM/ODMを中心にスピーカーやイヤホンを製造しており、開発拠点を深センに移してオリジナル製品の開発を推し進め、2010年には深セン証券取引所に上場。

2012年には“静電型ヘッドホン”で知られる日本の音響器機メーカー・スタックス(STAX)を、2016年には平面駆動型ヘッドホンを多数展開してきた米Audeze(オーデジー)を傘下に収めるなど、業容を拡大しています。

そのEDIFIERから発売された「STAX SPIRIT S3」は、グループ企業であるSTAXとAudeze、特にAudezeの技術をもとに開発された平面型ドライバー搭載ヘッドホンなのです。

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    ヘッドバンドにEDIFIERロゴをあしらっている

平面型ドライバーは何が良いのか

STAX SPIRIT S3(以下S3)はまず、振動板の形状が特徴的。一般的に、頭頂部を覆う形で装着するオーバーヘッドタイプのヘッドホンでは、円形でやや立体的な形状のコーン型振動板を採用していますが、このS3が採用する振動板は「平面型」なのです。

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    平面磁界型ドライバーのイメージ。画像は、STAX SPIRIT S3に搭載している新開発の「Edifier EqualMass」

コーン型振動板は、中心部または外周部のボビンに巻きつけた銅線(ボイスコイル)を磁力で駆動するため、振動板の面積が増えるにつれて剛性を保ちにくくなって分割振動が生じますが、振動板全面にコイルが一体化された平面型ではその心配がありません。

分割振動が起こりにくくなれば、特性の乱れや歪感が減り、振動板面積や強度を気にする必要もなくなります。音源から鼓膜までの距離が短く、届く音の大半が直接波となるヘッドホンの場合、理想に近い音波を聴けるというわけです。

平面型といえば、駆動力に静電力を用いる静電型(コンデンサー型)が知られていますが、高電圧をかける必要上、別体の専用アンプと組み合わせることになります(STAX製品の多くはこの方式)。そのためモバイル利用が難しく、価格も高めになりがちですが、S3では駆動方式にダイナミック型を採用しています。だから専用アンプは必要なし、ワイヤレスリスニングも視野に入るというわけです。

平面型振動板をプッシュプルのダイナミック型で駆動する、というコンセプトは、S3が初めてではありません。数十年前まではダイナミック型と覇を競う形で存在していましたが、コストなどの理由で退潮傾向となり、しばらくは鳴りを潜めていました。しかし、2010年代中頃からOPPO Digital「PM-1」や、フォステクス「T60RP」といったヘッドホンが続々登場。その音質が評価され、ひとつの製品カテゴリとして再び注目を集めるようになったのです。

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    写真はSTAXの既存製品「SRS-3100」。イヤースピーカー(ヘッドホン)の「SR-L300」と、セットモデル専用に開発したコンパクトな半導体式ドライバー・ユニット「SRM-252S」を組み合わせたエントリーシステム。価格は74,250円

平面型ドライバーヘッドホンもワイヤレスの時代に

ここでようやく「STAX SPIRIT S3」(以下、S3)の登場です。EDIFIER傘下企業の技術を投入した平面型ドライバー搭載ヘッドホンは、クアルコムの「Snapdragon Sound」に対応したワイヤレス仕様で、さらに付属の3.5mmステレオミニケーブルをプレーヤーに接続すれば、有線ヘッドホンとしても利用できます。

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    STAX SPIRIT S3を平らに折りたたんだところ

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    クアルコムの「Snapdragon Sound」対応スマートフォンとペアリングしたところ。96kHz/24bitオーディオや超低遅延、ペアリングの改善、クリアな音質を追求した新規格だ

搭載している平面型ドライバーは新開発の「EqualMass」。2016年に資本参加したAudezeの技術をふんだんに取り入れた意欲作です。Audezeが開発した磁気構造「Fluxor」と振動板「Uniforce」(いずれも特許取得済)、そしてウェーブガイド「Fazor」がドライバーを構成し、S3の音を造り出すというわけです。

STAXを感じさせる部分は後述するスマートフォン用アプリの「STAXモード」(STAX静電型イヤースピーカーのオマージュとなるサウンドモード)くらいのものですが、製品に対する意気込みは伝わってきます。

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    アプリにはサウンドエフェクトとして「STAXモード」が用意されている

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    付属のキャリングケース

一体感のある上質なデザインが○

S3はオーバーヘッドタイプの密閉型ヘッドホンとしてはやや重めの329g。手に持つと重量感がありますが、ヘッドバンドのクッションが適度な柔らかさで、ラムスキン製イヤーパッドの肌触りもよく、装着感は良好です。イヤーパッドは交換式でクールメッシュタイプも付属し、好みで使い分けることができます。

全体の質感は上々で、ラムスキンで覆われたヘッドバンドとマットな塗装が施されたヨークやアームは一体感があります。ハウジング表面にあしらわれたカーボンファイバーは、剛性を高めつつも平面型ドライバーではかさみがちな重量に配慮しているのでしょう(複雑なコイルパターンの振動板を強力磁石で挟む構造のため、一般的なコーン型と比べると重め)。一般的な樹脂より見栄えがよく、デザインの観点からも悪くないチョイスです。

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    ヘッドバンドはラムスキン製で、適度な柔らかさのクッションを備える

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    同梱のクールメッシュタイプのイヤーパッド

平面型振動板「EqualMass」の全貌は、イヤーパッドを外せばうかがうことができます。薄い膜の向こう側にはコイルらしき物体が透けて見え、一般的な(コーン型振動板の)ヘッドホンとの違いは一目瞭然。音への期待も高まります。

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    イヤーパッドを外すと、薄い膜の向こうに平面型振動板「EqualMass」が見える

緻密で繊細、平面型ドライバーならではの音

試聴はワイヤレス(Bluetooth)とワイヤード(付属の3.5mmステレオミニケーブル)の二通りで行いました。

Snapdragon Soundに対応するS3はaptX Adaptiveコーデックをサポートし、最大96kHz/24bitというデータレートを実現しますが、今回は試聴ソースの大半がロスレス音源(44.1kHz/16bit)ということもあり、ワイヤレスでの試聴には48kHz/24bit対応のXiaomi製Androidスマートフォン「Redmi Note 9S」をチョイス。有線での試聴には、iBasso Audioのデジタルオーディオプレーヤー(DAP)「DX300Max」を利用しました。

まずはワイヤレスでドミニク・ミラー「アブサン」を再生すると、ナイロン弦らしい柔らかな輪郭のアルペジオが。響きは細やかで奥行きがあり、歪っぽさを感じません。シンバルクラッシュの残響音も繊細で、濁らず自然にフェードアウトしていきます。少ない楽器で「間」が多く取られている曲はこのヘッドホン向け、平面振動板の力を存分に発揮できる場といえそうです。

ファンキーな曲調のトム・ミッシュ「ディスコ・イエス」は、くっきりとセンターに定位するボーカル、カッティング・ギターの歯切れのよさに意識を奪われます。ベースは硬質で量感じゅうぶん、楽曲全体のバランスも崩れていません。使用するオーディオ機器によっては、ギターの刻みなどバックの"細かい仕事"を聴き逃してしまう曲ですが、微妙なニュアンスを含め忠実に再生できている印象です。

イヤーパッドをクールメッシュタイプに交換すると、装着感だけでなく音の印象も変わります。標準装備のラムスキンタイプと比べると低域の量感がわずかに増し、中高域の線がやや細くなるというところでしょうか。そのため、EDIFIERが提供するスマホアプリ「Edifier Connect」には、イヤーパッドの音質特性を補正する機能が用意されています。

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    Edifierのワイヤレスヘッドホン/イヤホン用アプリ「Edifier Connect」で、イヤーパッドによる音の違いを補正できる

とはいえ、S3の本領を発揮するのはやはり有線接続時です。前述した「アブサン」でいえば、シンバルロールの刻みと余韻がより繊細に、音の輪郭をナチュラルに描きます。ギターのグリッサンドも目に映るかのよう、ボディから伝わる音・響きまで感じさせてくれます。もちろんワイヤードなりの不自由さはあるものの、演奏の微妙なニュアンスまで余さず感じたいのなら、DAPなりヘッドホンアンプなりを用意して有線で聴くことをおすすめします。

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    有線での試聴にはiBasso Audioのデジタルオーディオプレーヤー「DX300Max」を利用した

平面型ヘッドホンの新時代到来。自動電源オフ機能は欲しい

惜しい点があるとすれば、有線の入力端子と付属のケーブルが3.5mmシングルエンドだということでしょうか。4万円台後半(実売49,990円)という価格帯を考慮しても、ぜひ4.4mmバランス対応というスペックがほしいところ。バランスで聴いたときどのような音がするのか、興味は尽きません。

もうひとつ、自動電源オフ機能も必要です。ワイヤレスと有線、どちらで聴くにしても電源を入れるひと手間はさておき、聴き終わったとき手動で電源を切らなければならないのはやや負担に感じられます。タイマー設定で自動電源オフにする機能はアプリに備わっていますが、それとは別で、10分~20分ほど無音(無通信)状態が続くと自動で電源を切る機能があるとありがたいのですが……。

名前にあるSTAXというよりはAudeze色の強いヘッドホンですが、平面型ドライバーモデルでありながらワイヤレス対応、しかも最大96kHz/24bitのSnapdragon Sound準拠というスペックは実用的で魅力的。これまで平面型ドライバーのヘッドホンといえば自宅でじっくり楽しむためのものでしたが、今後はワイヤレスモデルでも増えていきそう、と新時代の到来を実感させてくれる1台でした。