東京農工大学(農工大)は9月3日、針葉樹人工林景観に存在する送電線の下を、周囲に比べて多くの種類のチョウが利用していることを明らかにしたと発表した。

同成果は、農工大大学院 農学府農学専攻の沖和人大学院生、農工大大学院 グローバルイノベーション研究院の小池伸介教授、東大大学院 農学生命科学研究科の曽我昌史准教授、豪州・クィーンズランド大学 生物科学部の天野達也博士らの国際共同研究チームによるもの。[詳細は、オランダの昆虫を題材にした学術誌「Journal of Insect Conservation」に掲載された。](https://link.springer.com/article/10.1007/s10841-021-00343-6)

日本では、はるか昔から長年にわたって野焼きや燃料となるマキの採取といった社会活動によって人為的に草地が維持され、草地を主な生息場所とするさまざまな生物がそこで生活をしてきたという流れがあるが、戦後の自然資源の利用頻度低下に伴って、こうした草地が減少しているという。また、若齢の針葉樹人工林も草地を主な生活場所とする生物の生活場所となることも知られているが、林業の低迷や長伐期施業の展開により、若齢の人工林も減少傾向にあるという。

一方で、現在の日本には約9万kmにおよぶ送電線が存在し、その送電線周辺では樹木と送電線との接触を防ぐことを目的に定期的な樹木の伐採が行われていることから、さまざまな植生遷移の状態の植物群落が連続的に存在していることが知られていた。

そこで研究チームは今回、人工林景観に存在する送電線に注目。チョウの生息場所として、送電線下の草地の評価として、周辺の幼齢の人工林、壮齢の人工林、人工林内の道路(林道)とのチョウの種数や個体数比較を行ったという。

  • チョウと人工林

    調査地の各環境の様子。(a)送電線の下。(b)植栽直後の人工林(幼齢の人工林)。(c)人工林内の道路(林道)。(d)植栽から時間が経過した人工林(壮齢の人工林) (出所:農工大プレスリリースPDF)

その結果、草原を主な生息場所とするチョウ(草地性種)が10種410個体、人里周辺を主な生息場所とするチョウ(荒地性種)が16種847個体、森林を主な生息場所とするチョウ(森林性種)が36種866個体の計62種類2123個体が確認されたという。

  • 送電線下で確認されたチョウの一部。左からウスバシロチョウ(草地性種)、ミヤマカラスシジミ(荒地性種)、ミヤマカラスアゲハ(森林性種) (出所:農工大プレスリリースPDF)

,A@チョウと人工林|

草地性種および荒地性種のチョウの種数と個体数は、いずれの季節も送電線下、幼齢の人工林(ここでは植栽後10年以内が対象)、林道、壮齢の人工林の順に多く確認されたという。また森林性種のチョウの種数と個体数は、送電線下と幼齢の人工林で多く確認されたという。

  • チョウと人工林

    各環境で確認されたチョウの種数と個体数。値は調査地1か所あたりの平均値が示されている。各調査地では季節により出現するチョウの種や植生の状態が異なることが考慮され、5月、7月、9月に調査が実施され、グラフの値は3回の調査の平均値が示されている。壮齢の人工林では草地性・荒地性の種が確認されなかったため、値が0になっている (出所:農工大プレスリリースPDF)

さらに、チョウの食餌植物の調査から、荒地性種と森林性種の両種のチョウの食餌植物は、送電線下に最も多く存在することが判明。送電線下には成虫の食物となる花を咲かせた植物も多く存在したことから、これらの豊富な餌資源の存在が送電線下のチョウ類相を支える要因として機能すると考えられるとしている。

日本をはじめとする先進国の多くでは、人間活動の変化や低下により人為的に維持されてきた草地が減少し、それに伴い草地を主な生息場所とする多くの生物が減少しているとされるが、今回の研究結果からは、送電線がこうした草地性種にとって重要な生息地を提供し得ることを示唆していると研究チームでは説明している。また、今回の研究からは、送電線下において多数の森林性種のチョウも確認されたことから、送電線下がチョウ全体の保全に寄与する可能性も示されたとしている。

なお、今回の研究では、環境指標性が高いチョウが注目されたが、送電線下はチョウ以外の生物にとっても重要な生息場所として機能している可能性があるとのことで、今後、送電線下の植生を適切に管理し、生物の生活場所としての価値を高めることによって、世界的に進行している生物多様性の喪失を防ぐことにつながるのではないかと研究チームではコメントしている。