東京大学(東大)や立教大学、宇宙航空研究開発機構(JAXA)などの研究グループは2021年7月21日、金星探査機「あかつき」が取得した赤外線画像の解析から、金星の夜間の大気循環のメカニズムについて解明することに成功したと発表した。

金星が夜の間、雲頂にどのような流れのパターンが生じるのかは、40年来の謎だった。今回の研究で、夜間には昼間とは逆方向の南北風が生じることが判明。スーパーローテーションと呼ばれる高速大気循環のメカニズムや平均的な南北循環の理解が得られたとしている。

論文は同日付け発行の論文誌『Nature』に掲載された。

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    金星探査機「あかつき」の想像図 (C)JAXA

金星の赤道から両極へと向かう大気の流れにまつわる謎

金星は地球の内側にある惑星で、直径は地球の約95%、質量は地球の約82%と、大きさ・質量ともによく似ており、「地球の双子星」とも呼ばれる。

一方で、金星は二酸化炭素を主成分とする濃い大気をもち、その温室効果によって地表の温度は460℃にも達する。高高度には硫酸の雲が浮かび、金星の表面を隙間なく覆っているうえ、その雲頂にあたる高度65km付近では、100m/sものスピードで金星全体を西向きに回る風が吹く、「超回転(スーパーローテーション)」と呼ばれる現象も起きている。

こうした金星の大気のメカニズムを調べることは、なぜ金星と地球の大気は大きく異なる大気の道をたどったのか、いわば「惑星の運命を分ける条件」を知ることにつながる。

また、惑星全体が雲に覆われていたり、スーパーローテーションが起こっていたりといった現象は、金星だけでなく、太陽系の外にある惑星でも見つかっており、そうした未知の惑星について理解していくうえで金星が指標になりうることもあり、惑星科学者にとって、そして金星探査機「あかつき」にとって、金星大気のメカニズムの解明は大きな目標となっている。

金星大気の運動はこれまで、昼間に太陽の紫外線によって照らされた雲の連続画像から主に推定されてきた。紫外線では雲に混入した化学物質の濃淡の模様が見えるため、これを追跡することで、大気の動きがわかる。そして、これまでの観測から、金星の大気の運動には、スーパーローテーションに加えて、赤道から両極へと向かう10m/s前後の流れもあることが知られていた。

この極向きの流れは、約40年前の発見当初、地球にも存在する「ハドレー循環」を捉えたものだと解釈されてきた。

ハドレー循環とは、惑星の赤道付近に多くの太陽光エネルギーが供給されることで、赤道付近で大気が暖かく、高緯度で冷たくなり、その温度差を解消するように、大気は赤道域で上昇し、大気上層で高緯度に向かって流れ、そして高緯度で下降し、大気の低層で再び赤道域に戻ってくるような循環のことである。地球では赤道域から緯度30°付近までの範囲に存在し、一方金星では、太陽光によってよく加熱される雲頂付近と地表付近に存在すると予想されており、地球と違って赤道域から高緯度まで到達する可能性があるとされていた。また、スーパーローテーションと重なって同時に生じており、一般に東西風に比べてはるかに遅い循環でもあるとされる。

しかし、近年の研究から、「熱潮汐波」という、また別の現象の一部を捉えたものなのではないか、という説が出てきた。

熱潮汐波とは、惑星の大気が太陽直下点付近で太陽光により加熱され、その加熱場所が惑星の自転や大気の循環のために大気から見て相対的に移動していくことにより、惑星規模の流体波動が発生するという現象で、地球や火星などでも広く観察されている。この熱潮汐波は東西方向だけでなく高度方向にも伝播し、離れた高度間で運動量を運ぶことによって平均東西風の加速や減速をもたらしている。

ハドレー循環は昼夜すべての南北風を平均した流れであり、熱潮汐波は昼夜の風の違いをもたらす。ハドレー循環と熱潮汐波は、金星全体をおおう雲が太陽光を受け止めることによって生じる、主たる2つの大気現象であると考えられ、ハドレー循環はエネルギーと物質の循環を、熱潮汐波はスーパーローテーションの維持に影響を与えている可能性があると考えられている。

これらのメカニズムや、極向きの流れのうち、どれほどがハドレー循環を反映しており、どれほどが熱潮汐波にともなう昼間に特有の風であるのかは、40年来の謎だった。

それを解明することは、金星大気の理解にとって不可欠である。しかし、そのためには金星の大気を昼夜の区別なく観測し、全体構造をとらえる必要がある。

金星の夜間の雲の動きを見るには、雲が発する赤外線を撮影することで場所による雲頂温度の違いを追跡する手法がある。だが、これまで赤外線を用いて継続的に金星全体が撮影されたことはなく、また赤外線でははっきりしたパターンを見ることができなかった。

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    【キャプション】金星探査機「あかつき」の紫外イメージャ(UVI)が撮影した金星昼面合成擬似カラー画像(2018年3月30日に撮影されたもの)。金星には硫酸の雲が浮かび、表面を隙間なく覆っているうえ、その雲頂にあたる高度65km付近では、100m/sものスピードで金星全体を西向きに回る風が吹く、「超回転(スーパーローテーション)」と呼ばれる現象が起きている (C) PLANET-C Project Team