米Appleは6月23日(現地時間)、「Building a Trusted Ecosystem for Millions of Apps(何百万ものアプリのための信頼できるエコシステムの構築)」というApp Storeのセキュリティとプライバシー保護に関するレポートを公開した。App Storeを通じたユーザー保護について説明すると共に、規制当局からサイドロードを認めるよう強制された場合に予想される影響を考察している。

この場合の「サイドロード」は、App Storeのような正規アプリストアを通じてアプリの配信やインストールを管理しているプラットフォームにおいて、正規ストア以外の方法でアプリを入手・インストールすることである。例えば、AndroidでGoogleは信頼性や安全性が確認されるGoogle Play経由を推奨しているが、APKでパッケージされたアプリをユーザーが任意でインストールすることもできる。

インターネットからダウンロード入手できるアプリの中には正規版のように見せかけてウイルスに感染させる不正アプリがあるなど、様々なリスクが発生する。安全性と信頼性の維持という点で、アプリの配信とインストールを正規ストアに制限したApp Storeモデルはスマートフォンの普及と市場の繁栄に大きく貢献した。

しかし近年、欧米において公正な競争を巡ってテクノロジー大手に対する視線が厳しくなる中、アプリの配信・インストールをApp Storeに限定するのは「優越的地位の濫用」に当たるという批判の声が強まっている。米下院で11日に、GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)と呼ばれるテクノロジー大手に対する包括的な反トラスト(独占禁止)法案が下院超党派議員によって公表された。23日に下院司法委員会において、テクノロジー大手の独占に対処することを目的とした一連の法案の審議が予定されている。そのタイミングで、Appleは「Building a Trusted Ecosystem for Millions of Apps」を公開した。New York Timesによると、Apple CEOのTim Cook氏が、Nancy Pelosi議長や他の下院議員に電話をかけ、反トラスト法案を性急に進めることへの懸念を示したという。App Storeに強まる逆風、規制の動きに対するAppleの警戒感がうかがえる。

レポートでAppleは、「今日の私達の携帯電話は単なる電話ではなく、それらにはプライベートや仕事に関する最も重要な情報のいくつかが保存されています」としている。プライバシーが保護され安全だから、ユーザーは安心して家族の写真を保管し、サイフの役割を移し、自宅や車のカギとして利用するようになった。安全性やプライバシー保護が脅かされれば、スマートフォンによって人々の暮らしがより便利になる可能性が失われていく。

  • WWDC21 基調講演

    WWDC21の基調講演で「(アプリ開発者の)クリエイティビティと斬新なアプリは、人々の生活を豊かにする有意義な方法を提供し続けています」とTim Cook氏

Nokiaのレポート「Threat Intelligence Report 2020」によると、悪意のあるソフトウェアにAndroidスマートフォンが感染する事例はiPhoneの15倍。その大きな理由の1つがサイドローディングだという。

レポートでAppleは、サイドローディングやサードパーティのアプリストアを認めた場合に以下のような問題が起こり得るとしている。

  • パレンタルコントロールで管理できないゲームを子供達が遊ぶ。
  • 正規アプリに似せたアプリからランサムウェア(身代金要求型ウイルス)に感染。
  • 違法コピーされた海賊版アプリをインストールし、正規ではないサービスサブスクリプションを契約。
  • ユーザーの承認を得るプライバシー保護が徹底されないため、サービス登録の際に渡したメールアドレスから個人が特定され、収集された個人データがデータブローカーに売られる。
  • 広告のリンクから入手した画像加工のアプリは正規アプリに似せたランサムウェア、写真へのアクセスを許可したら「全ての写真を削除するぞ」という身代金要求のメッセージ

2020年にAppleは週に約100,000本の新規アプリ/アップデートを審査し、何らかの問題から新規アプリとアップデートそれぞれ100万本近いアプリを却下または削除した。例えば、スパムや模倣、誤解を招くアプリが150,000本以上、プライバシーガイドラインに適合しないアプリが215,000本以上、隠された機能を含むアプリが48,000本以上も申請されていた。そして、15億ドル以上に相当する詐欺や不正の可能性がある取引を阻止。フェイクレビューを含む不正または悪質な行為で、2億4400万のアカウントを停止させた。

Appleに対する反トラスト法案については、Appleウォッチャーで知られるJohn Gruber氏の指摘が話題になっている。AppleのApp Storeからの収益は年間100億ドル+と見られている。Appleの2020年度(2019年10月〜2020年9月)の売上高は2,745億ドル、純利益は574億ドルだ。全体から見たらApp Storeの事業規模は小さく、Appleのコアビジネスではない。「私が知る限り、事業全体に占める割合がこれぐらい小さいサイドビジネスで、反トラスト違反を問われた企業はありません」(Gruber氏)。AppleがApp Storeの事業モデルを護ろうとしているのは、同社の利益のためではなく、ユーザーとアプリ開発者のためであるというのが同氏の見方だ。

しかし、見方を変えると、年間100億ドル+の収益はFortune 500にランクされる規模である。それぐらいの事業が小さく見えるぐらいの力を今のAppleは持っている。