理化学研究所(理研)は6月17日、超高速時間分解ローレンツ電子顕微鏡を用いて、「磁気スキルミオン」がナノ秒からマイクロ秒の時間スケールで柔軟な変形を繰り返すことを発見したと発表した。
同成果は、理研 創発物性科学研究センター 電子状態スペクトロスコピー研究チームの下志万貴博研究員、同・中村飛鳥基礎科学特別研究員、同・石坂香子チームリーダーらの研究チームによるもの。詳細は、米科学振興協会が発行する「Science Advance」にオンライン掲載された。
磁気スキルミオンはナノメートルサイズのスピン渦であり、密集して格子を組んだり孤立して粒子のように振る舞ったりする性質を持つ。一度生成されると寿命が長い上に、電流や熱により搬送できる点から、次世代磁気メモリの情報担体としての利用が期待されている。
スキルミオンに関する研究はこれまで、クリーンな系において盛んに研究され、その有用性が示されてきた。しかし実際の材料には格子欠陥や端面、界面などが含まれ、それらの近くではスキルミオンの安定性が乱されて容易に変形してしまうことが知られていた。
現実の電子デバイス中で利用するには、こうしたスキルミオンの柔軟な挙動を調べ、よりよく制御するための指針を得ることが重要と考えられている。そのためには、スキルミオンの挙動を実時間で直接観測する必要があった。
しかし、スキルミオンが外場に応答する時間スケールはナノ秒程度と、ごく短いことが理論的に予想されている一方で、このような現象を観測するための高い時間・空間分解能を両立する磁気イメージング手法は限られていたという。
そこで研究チームは今回、Gaイオン照射により意図的に格子欠陥を導入したキラル磁性体「Co9Zn9Mn2」薄膜を用いた研究を実施。Co9Zn9Mn2薄膜に対してナノ秒パルスレーザーを照射、試料の加熱を行い、超高速時間分解ローレンツ電子顕微鏡法で熱に駆動されるスキルミオンの観測が実施された。
その結果、レーザー照射前は格子欠陥の影響により歪んだスキルミオンであったのが、270ナノ秒後にはほぼ6回対称のクラスター構造に近づくことが見出されたという。
さらに照射前から照射後7820ナノ秒までの時間分割されたローレンツ電子顕微鏡像を観察したところ、スキルミオンを反映した磁気コントラストの形状が時々刻々と変化していく様子が見て取れたという。詳細な分析の結果、レーザー照射直後、楕円形のスキルミオンが収縮または分裂し、その後にドリフトして、より対称性の高いスキルミオンクラスターを構成することが確認されたとする。
加えて、これら一連のダイナミクスがナノ秒オーダーの遅延時間を示すことが明らかになったとした。これは外力が加わることにより生じる電子スピンの擾乱に起因しており、スキルミオン間の摩擦に相当する現象を捉えたものと考えられるという。
また、レーザー照射により分裂していたスキルミオンが、約5マイクロ秒後には再結合することも見出された。クリーンな系では長時間安定した状態にあるスキルミオンが、格子欠陥の影響によりマイクロ秒の短い寿命に変わったと考えられるという。対称性の高いスキルミオンクラスターが、レーザー照射の7820ナノ秒後には元の歪んだスキルミオンに戻ることから、柔軟なスキルミオンの生成から消滅に至る一連の過程が繰り返し可能であることが明らかになったとしている。
なお、今回の成果を受けて研究チームでは今後、スキルミオンの柔軟性を活かした繰り返し可能な高速制御により、次世代磁気メモリ素子の開発につなげていきたいとしている。