ispaceは4月14日、アラブ首長国連邦(UAE)ドバイ政府の宇宙機関であるMBRSC(Mohammed Bin Rashid Space Centre)との間で輸送サービス契約を締結したことを明らかにした。同社は2022年に独自の月面探査計画(ミッション1)を実施する予定だが、このランダーにMBRSCが開発する月面探査ローバー「Rashid」を搭載、月面へと輸送する。

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    MBRSCが開発する月面探査ローバー「Rashid」のイメージCG (C)MBRSC

火星探査を視野に、月面で技術を実証

MBRSCは近年、地球観測衛星「KhalifaSat」や火星探査機「HOPE」をH-IIAロケットで打ち上げるなど、宇宙分野で日本との関わりを深めている。月面探査計画のプロジェクトマネージャであるHamad Al Marzooqi博士は、「ランダーの技術力の高さや、ローバーとの適合性などから、ispaceを選んだ」とコメント、新たな協力関係に期待した。

ランダーは米SpaceXのファルコン9ロケットで打ち上げる予定。最大2台のローバーを運べるスペースがあり、その1つにRashidを搭載する。なお、ispaceは2023年に実施する次のミッション2で独自のローバーによる月面探査も計画しているが、このミッション1には搭載せず、今回搭載するローバーはRashidのみとなる模様だ。輸送価格は非公表。

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    ispaceが開発するランダーのイメージCG。30kgのペイロードを搭載する能力がある (C)ispace

ローバーは横倒しの状態でランダー側面に搭載。ランダーが月面に着陸した後、アームを展開し、ローバーを地表に降ろす予定だ。ローバーは重量10kgほどと小型のため、地球と直接通信する機能は無く、ispaceのランダーを経由し、コマンドやデータをやり取りするという。

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    月面でのローバーの展開方法。こちらの動画の1分11秒あたりを見ても分かりやすい (C)ispace

無事月面に着陸できれば、Rashidはアラブ初の月面ローバーとなる。Rashidには、2台のHDカメラ、顕微鏡、赤外線カメラ、プラズマ計測器、3Dカメラなどを搭載。レゴリスの観察や、地表の熱特性の調査など、科学探査を行う計画だ。

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    重量わずか10kg程度の小型ローバーながら、様々な機器を搭載する (C)MBRSC

ドバイ政府は、2117年までに火星でコロニーを建設するという「Mars 2117」計画を明らかにしている。月面探査もその一環として考えられており、Rashidで開発するロボティクス技術を月面で実証することも大きな狙いとしてある。

ただ、やや気になるのはRashidの開発スケジュールだ。昨秋の発表時には、2024年の打ち上げ予定と明らかにされたばかり。ispaceのミッション1に間に合わせるためには、完成を2年も前倒しにする必要がある。

これについて、Al Marzooqi博士は「2024年というのは期限だった」とコメント。その後、ispace側と協議した結果、2022年のミッション1への搭載を決めたという。プロトタイプによる試験を今夏に実施。それからフライトモデルの製造を開始するなど、開発を急ピッチで進める意向だ。

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    Rashidの開発スケジュール。途中に「2023年」という表記があるが、おそらくこれは変更時の修正漏れではないだろうか (C)MBRSC

月面輸送サービス実現への大きな一歩

ispaceの月面探査ミッションは、民間による月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」(GLXP)に出場する日欧協力チーム「White Label Space」としてスタート。日本側はローバー開発を担当しており、ispaceの前身はその母体として組織された。

しかし、ランダーを担当していた欧州側が開発から撤退。日本側が開発を進めていたローバーは、月面への輸送手段を失うという最大のピンチを迎えたが、他チームのランダーへの相乗りという手段を使うことで、開発の継続を決めた。

ただ、ローバーはフライトモデルまで完成させたものの、相乗り先である「TeamIndus」の開発遅れ・資金不足が土壇場になって明らかになり、結局、打ち上げることはできなかった。GLXPは最終的に、「勝者無し」という結果で2018年3月末に終了している。

参考:Google Lunar XPRIZEは終了 - 民間による月面探査は新たなステージへ

ispaceは2017年、月面への輸送サービスを提供するランダーの開発にも着手。これまでに、100億円を超える大型資金調達に成功しており、多くのパートナー企業の支援を受けながら、開発を進めてきた。すでにCDR(詳細設計審査)が完了しており、これからフライトモデルの製造フェーズに移行する段階となっている。

GLXPでは、ランダー側の問題に左右され続け、日本初の月面ローバーを実現することができなかった。今度は逆の立場から、アラブ初の月面ローバーを実現させることができるか。民間による月面着陸は大きなチャレンジだ。2019年に挑んだイスラエルの「Beresheet」は失敗したが、もし成功できれば、今後の輸送ビジネスの面でも弾みが付くだろう。