ispaceは12月9日、同社の月面探査プログラム「HAKUTO-R」に関する記者会見を開催し、東京・日本橋に「Mission Control Center」(MCC:管制室)を開設したことを発表した。同社は2022年に、初の月面着陸を実施する予定。同日の発表では、着陸予定地点が「Lacus Somniorum」(夢の湖)に変更されたことも明らかにされた。
日本橋からランダーを運用!
同社のランダーは、幅2.6m、高さ2.3m(着陸脚の展開時)というコンパクトサイズ(四畳半の部屋をイメージすると分かりやすい)。月面ランダーとしてはかなり小型だが、この中に約30kgのペイロードが搭載可能だ。ランダーについては、以下の記事で詳しく書いたので、興味がある人は参照して欲しい。
今回公開されたMCCは、6名のミッションディレクターを含む約20名のスタッフにより、運営される予定。ランダーの運用時には、ドイツにある欧州宇宙運用センター(ESOC)と接続、ESA(欧州宇宙機関)のアンテナネットワーク--仏領ギアナ、オーストラリア、スペイン、アルゼンチン、ケニアの5カ所を利用して、通信を行うという。
MCCを日本橋という都心のど真ん中に置いたのは「人が集いやすい」からだ。同社が目指すのは、非宇宙の人材と企業を巻き込むオープンな宇宙開発。こうした連携を加速するには、アクセスの良さも重要というわけだ。今後、HAKUTO-Rサポーターズクラブ会員向けには、見学会も行っていく予定とのこと。
ispaceの袴田武史代表取締役は、「月までの挑戦があともう少しになった。このMCCは、地球と月が繋がる場所」とコメント。「我々の月面着陸のミッションにより、多くの方々に宇宙や月面の開発に興味を持ってもらい、宇宙産業が発展するきっかけになれば」と、期待を述べた。
今後、MCCにはランダーの運用を担当するエンジニアが常駐し、ソフトウェアやユーザーインタフェースなど、本番環境の開発を進める。また打ち上げ前には、半年ほどの期間、実際のミッションを想定した訓練やシミュレーションも行うという。
MCCの360°写真。管制官になったつもりでどうぞ。
ランダーの開発も、いよいよ大詰め。2021年からは、実際に月に向かうフライトモデル(FM)の製造に着手する。FMの組み立ては、推進系を提供するアリアングループのドイツ工場にて実施。その後、SpaceXの射点がある米国に輸送されることになる。
着陸地点は死の湖から夢の湖へ
同社が2022年に実施する「ミッション1」では、これまで着陸予定地点として「Lacus Mortis」(死の湖)が発表されていたが、詳細な検討を続けた結果、これを「Lacus Somniorum」(夢の湖)へ変更した。場所は北緯39.58°、東経33.84°で、これまでより少し南寄りになった形だ。
この場所は、平坦で着陸しやすい、電力のための日照条件が良い、温度がランダーの設計範囲内に収まる、といった理由から決定したという。同時に、バックアップ地点として、新たに3カ所を選定。もし打ち上げ後に何らかのトラブルが発生するなどしたときには、着陸地点をこの3カ所のどこかに変更することもあり得るとのこと。
以前のLacus Mortisでは縦穴が注目されていたが、Lacus Somniorumも、科学的に意義のあるエリアだという。様々な地質学的な物質や、特徴的な地形が混在しているエリアとのことで、着陸予定地点の変更には、こうした点も考慮に入れたそうだ。
「死の湖」から「夢の湖」へ、名前の印象がガラリと変わったが、もちろん、着陸予定地点は名前で決めたわけではない。ただ、「心情的には社内でも議論があった」(袴田代表)とのことで、「素晴らしい名前になって良かった」(同)と、素直に喜んだ。
ところで先日、同社からは、月面で採取したレゴリスをNASAに販売するという発表があった。ミッション1のランダーには、そのための機構が取り付けられるという。
ただ、ミッション1は月面着陸のみのため、採取してもレゴリスを地球に持ち帰ることはできない。「販売」と言われても意味がやや分かりにくいが、これについては、月面で採取したレゴリスの所有権だけをNASAに販売する形になるようだ。
従来、月や惑星は国家の領域だったが、同社のように、現在は民間が進出しつつある状況。月面で民間企業が継続的に活動するには、資源等の商取引は欠かせない。今回のNASAの購入価格は5,000ドルと安いこともあり、どちらかというと、月面での資源ビジネスの先行事例作りといった意味合いが強いと言えそうだ。