もし文系でも宇宙飛行士として採用されたら……?
現時点で詳しい応募条件は決まっていないが、少なくとも緩和されることはほぼ決まっている。
一例として、JAXAは「芸術、文学など多様な分野の方々にチャレンジしていただきたいと考えており、分野は問わない方向性で検討を行っている」としており、いわゆる「文系」出身の宇宙飛行士が生まれる可能性もある。
古今東西、宇宙飛行士は理系出身ばかりで、文系出身の宇宙飛行士は存在しない。ちなみに、スペースシャトル「チャレンジャー」で事故で殉職したクリスタ・マコーリフ氏は、高校の社会科教師であったが、彼女は「教師を宇宙に送る」ことを目的としたプロジェクトで選ばれたうえに、NASAの宇宙飛行士(Astronaut)の資格は持たず、「ペイロード・スペシャリスト」として参加していた。文系出身者が職業・資格としての宇宙飛行士になれば世界初となる。
ここで気になるのは、文系であることがどう作用するのか、つまりメリットになるのか、それともデメリットになるのか、という点であろう。また、芸術、文学などといったスキルを宇宙で活かせるのかどうかという点も気になる。
この問いに対して、2月18日の記者会見において、JAXA有人宇宙技術部門事業推進部長の川崎一義氏は「新しい宇宙飛行士に求めるのは、まずはゲートウェイの構築・組み立てといった作業です。そのため、基本的にはISS建造時と同じようなことやっていただくことになります。たとえば芸術、文学などの専門家の方が宇宙飛行士になったとしても、そのスキルを活かせるのは遠い将来のことになるでしょう」と語る。
それなら、たとえ文系も応募できるようになったとしても、結局は従来どおり理系出身者のほうが、選考において有利に働くのではないだろうか?
この問いに対し、川崎氏は「たとえば航空会社のパイロットでも、文系出身の人が多いと聞いています。同じように、文系出身の方でも宇宙飛行士のミッションに対応できる人はいると考えています。まずは文系、理系で区別することなく、応募者の裾野を広げ、そのうえで宇宙飛行士としての資質があるかどうかを公平に見たいと思っています」と語った。
宇宙と地上、理想と現実を確実に結びつける具体的な方法を
詳しい条件はまだ決まっていないとはいえ、「門戸、裾野を広げる」、「多様性を重視する」といった姿勢からは、職業・資格としての宇宙飛行士のあり方を大きく変えようという意気込みが感じられる。
これまで宇宙飛行士になるために課せられていた厳しい条件では、地上でも特別な人のうちのさらに一握りの人しかなれず、宇宙飛行士という職業を特別中の特別のものにしていた。また、有人宇宙活動の規模も限られていたこともあり、宇宙ファンの多くが、これまでの日本人宇宙飛行士の名前をすべてそらんじることができるように、文字どおりアイドルのような職業だった。
しかし、条件が緩和され、そして5年ごとに新しい宇宙飛行士が選ばれるようになれば、誰もが宇宙飛行士を職業として選択肢のひとつに考えられるようになり、そして多くの宇宙飛行士が誕生し、一人ひとりの名前を覚えきれないようになるかもしれない。アイドルから普通の人、職業になるのである。これこそが真に「人類が宇宙に進出する」ということのひとつの現れであり、これまですべての宇宙飛行士が目指してきた未来でもある。
ただ、現時点で条件を緩和し、応募者数を増やすことが、こうした理想を叶えることにとって、そしてJAXAや応募する側にとってプラスになるかどうかはやや疑問が残るところでもある。
たとえばNASAでは2020年に、ESAも今年2月に新しい宇宙飛行士の募集を開始したが、JAXAの考えとは正反対に、学歴の条件が従来より引き上げられており、最低でもSTEM分野の修士号を取得していることが必要となった(従来はSTEM分野の学士号以上)。つまり、アルテミス計画における有人月・火星探査や、ゲートウェイの運用が、地球低軌道のISSよりさらに過酷で複雑なミッションとなることが予想される以上、NASAもESAも、その実現のためには「STEM分野の修士号以上の知見が必要」と考えていることがわかる。
こうしたNASAやESAとJAXAとの要求や条件の違い、言い換えれば現実と理想のギャップをどうするかは、今後の大きな課題となろう。つまりNASAやESAの「STEM分野の修士号以上の知見が必要」というのは適切な条件なのか、それとも過剰な要求なのか。もし適切である場合、文系の応募者はどういう心構えや準備をする必要があるのか、といった疑問について、しっかり明確にする必要がある。
さもなければ、たとえ応募者数は増えたとしても、ゲートウェイの組み立てなどといったミッションにとってJAXAが実際に求める人材が集まらない可能性がある。また応募者にとっても、どういう人材が求められているのかがいまいちはっきりせず、たとえば「STEM分野の修士号を持つ欧米の宇宙飛行士と一緒にやっていけるのか」などといった懸念を抱かせることになり、それが応募をためらわせる要因にもなりうる。結果的に、両者にとってミスマッチな結果になることも考えられる。
誰もが宇宙飛行士を職業にできる可能性を最大化し、実現に結びつけるためには、まずは宇宙に行きたいあらゆる人、もしくは誰もが宇宙に行ける未来が訪れてほしいと考えている人が、パブリック・コメントを送ることがそのスタートとなる。そして、JAXAは新しい宇宙飛行士に具体的にどのようなミッションを与えるのか、どのような活躍をしてほしいのかをはっきりさせ、そのうえで、応募しようとしている人に対して、それを説明し、明確な判断基準を明示することが重要となるだろう。そうすれば、理想を現実化する道が見えてくるかもしれない。
地上と宇宙を結ぶ道は、まだまだ細い糸のようなものかもしれない。しかし、確実につながってはいる。その糸をどうやってたどっていけばいいのか、そして決して切れない太い糸へと広げるにはどうすればいいのか。その実現において、性別や、理系や文系、障がいの有無といった区別にとらわれない、まさに多様性が鍵を握っていることは間違いない。
参考文献
・JAXA | 宇宙飛行士募集に関する発表について
・宇宙飛行士候補者の募集・選抜・基礎訓練に関する意見募集(パブリックコメント)について - 宇宙ステーション・きぼう広報・情報センター - JAXA
・新たな宇宙飛行士候補者の募集・選抜・基礎訓練に関する情報提供依頼(RFI)の開始について - 宇宙ステーション・きぼう広報・情報センター - JAXA
・宇宙探査時代の新たな宇宙飛行士選抜への挑戦~これからの時代に求められる飛行士の資質と、選抜・訓練の新たな可能性~ - YouTube
・ESA - Join the new era of exploration as an ESA astronaut