J-PARCセンターならびに高エネルギー加速器研究機構(KEK)は、素粒子の標準理論にはない“第4の”ニュートリノであり、ダークマター候補のひとつでもある「ステライルニュートリノ」を探索することを目的とした、米英韓の研究者を加えた総勢65名で行う国際共同実験「JSNS2実験」を開始したことを共同で発表した。

JSNS2実験は、「J-PARC Sterile Neutrino search at J-PARC Spallation Neutron Source」の略で、「J-PARC核破砕中性子源を用いたステライルニュートリノ探索実験」という意味だ。

実験が行われるJ-PARC(Japan Proton Accelerator Research Complex)センターとは、茨城県東海村にある大強度陽子加速器J-PARCを擁した研究施設のこと。J-PARCはほぼ光速まで加速した世界屈指の大強度の陽子ビームを用いて、そこから中性子、ミュオン、ニュートリノ、K中間子などの多彩な二次粒子ビームを作り出し、多彩な実験を行っている。

今回の実験は、J-PARCセンターの物質・生命化学実験施設(MLF)内の水銀標的から24mの距離に50トンの液体シンチレータ検出器を設置。そして、周回型のRCS(Rapid Cycling Synchrotron)加速器を用いて大量に生成された反ミュー型のニュートリノを40MeVというエネルギーで照射する。標的から検出器の間において反ミューニュートリノが、反電子ニュートリノに変化するかどうか「ニュートリノ振動」を探るというものだ。重力以外は相互作用しないというステライルニュートリノを直接検出することは難しいため、間接的にその存在を証明するというものである。

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    J-PARC 物質・生命化学実験施設に組み込まれた実験設備の全体図 (出所:共同プレスリリースPDF)

物質を構成する素粒子には、クォークとレプトンの2種類があり、ニュートリノは電子などと共にレプトンに含まれる。ニュートリノには、素粒子の「標準理論」では電子型、ミュー型、タウ型の3種類があるとされている。そして、それらとまったく性質は同じだが、唯一電荷の正負だけが逆の反電子型、反ミュー型、反タウ型もある。ステライルニュートリノはそのどれでもない、標準理論には含まれていないニュートリノである。

ステライルニュートリノは、1990年代に米ロスアラモス研究所で実施されたLSND(Liquid Scintillator Neutrino Detector)実験において、その存在が示唆されたのが始まりだ。その後、さまざまな追試験が実施されたが、ステライルニュートリノの存在を肯定・否定どちらの結果も出ており、現在までのところ決着がついていない。それを、今回のJSNS2実験で答えを出そうというわけである。

ステライルニュートリノの存在を確かめるには、ニュートリノ振動が重要だ。ニュートリノ振動とは、ニュートリノが飛行中に電子型からミュー型、さらにタウ型、そしてまた電子型という具合に、3種類それぞれが別の種類に変わる現象のことをいう。

これまでのニュートリノに関する実験では、どれだけ短距離でも照射元からターゲットまで数kmの距離があったが、今回はわずか24m。これは、ステライルニュートリノの質量が大きいことが予想されており、ほかの3種類とステライルニュートリノの間のニュートリノ振動が、短距離で起きると考えられているからだ。

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    (左)標準理論で考えられているニュートリノ振動。(右)ステライルニュートリノを含む振動。νe:電子型、νμ:ミュー型、ντ:タウ型、νs:ステライルニュートリノ (出所:共同プレスリリースPDF)

実験では、反ミュー型を照射して、それが反電子型へと変わるニュートリノ振動を確認することが目標だ。反ミュー型から反電子型へ直接変わる場合はもっと長い距離が必要と考えられているが、反ミュー型→ステイラルニュートリノ→反電子型と、間にステライルニュートリノを経由すれば24m以内で済むということである。要は、ステライルニュートリノを経由は抜け道のようになるというわけだ。

実験の仕組みをより詳細に説明すると、まずRCS加速器で3GeVまで加速された陽子ビームが水銀標的(MLFの中性子標的)に当たり、そこで大量の中性子と反ミューニュートリノが生成される(中性子は物質・生命研究のために利用される)。水銀標的から24m離れた位置に設置されている検出器のアクリルタンク内は、ガドリニウム入り液体シンチレータで満たされている。そして、検出器内壁には高感度で光を検出できる光電子倍増間が120個並べられており、いわばスーパーカミオカンデのミニサイズ版だ。

ニュートリノ振動後の反電子ニュートリノが、ガドリニウム入り液体シンチレータ内の水素と反応すると、陽電子と中性子が生成される。陽電子は生成するとほぼ同時にシンチレーション光を発生(先発信号)。一方の中性子は水素原子と衝突を繰り返してエネルギーを損失し、最終的にガドリニウムに吸収されて約30マイクロ秒後にガンマ線を放射。これが後発信号のシンチレーション信号となる。これらの連鎖反応を光電子倍増間で観測するのだ(スーパーカミオカンデで観測されるのはチェレンコフ光だが、こちらはシンチレーション光を観測する)。

この連鎖反応は、反電子ニュートリノと液体シンチレータの間の相互作用でしか生じない。つまり、この連鎖反応を検出できれば、ステライルニュートリノの存在を示したことになるのである。ステライルニュートリノは重力でしかほかの物質との力のやり取りをできないと推測されているため、直接的な検出は現代の科学では非常に困難であり、このような間接的な形で証明することになる。

JSNS2実験は2020年6月に試験運転が行われ、J-PARC加速器の夏季メンテナンス期間などを経て、この1月からいよいよ本格的な実験データの取得が開始された。今後、数年かけてデータを蓄積していき、ステライルニュートリノの存在有無について、確定的な結果を得ることを目指しているとする。

ステライルニュートリノは現在の技術では直接の検出はほぼ不可能だが、それを創意工夫で間接的に証明しようというのがJSNS2実験だ。ステライルニュートリノの存在を証明できれば、素粒子の標準理論は書き換えが必要となる。また、ダークマターの謎の解明にも確実に前進できるだろう。結果が出るのが待ち遠しい実験である。