超小型ロケットの市場競争がスタート

ローンチャーワンが打ち上げに成功したことで、超小型ロケットの分野でいよいよ本格的な市場競争が始まることになる。

これまでこの分野は、米国のロケット・ラボの「エレクトロン」ロケットがほぼ独占していた。エレクトロンは地球低軌道に約225kg、太陽同期軌道に約100kgの打ち上げ能力をもち、価格は約750万ドルとされる。一方、ローンチャーワンは前述のように、打ち上げ能力はエレクトロンの約2倍、価格も2倍弱の約1200万ドルであり、衛星1機あたりにするとほぼ同じくらいの、いい勝負である。

エレクトロンはすでに18機の打ち上げ実績があり、そのうち失敗は2機のみで、比較的高い成功率と信頼性を誇る。そのため、ローンチャーワンはここから巻き返しを図っていかなければならない。

さらに米国では、この数年のうちに、アストラ(Astra)やファイアフライ(Firefly)、レラティヴィティ・スペース(Relativity Space)といった企業が、エレクトロンやローンチャーワンとほぼ同クラスのロケットの投入を予定しており、ヴァージン・オービットは追いかける立場でありながら、ロケット・ラボとともに追いかけられる立場にもなり、激しい市場競争が予想される。

そこにおいて同社が強みとしてアピールしているのが、空中発射による低コスト化、そして高い打ち上げの自由度、柔軟性、即応性である。

たとえば、ロケットやエンジンの最適な形状や仕組みなどは、大気密度によって変わるため、最初から空気の薄い上空から発射できるようすることで、ロケットの設計を最適化でき、効率よく飛ばすことができる。また、大掛かりな発射台が必要ないため、建設費や運用・維持費を抑えることができるという利点もある。ロケットの打ち上げごとに発射台を整備する必要もないため、打ち上げの頻度も増やせる。

さらに、人家などを避けて飛ばすことができるため、打ち上げ方向、すなわち衛星を投入する軌道の傾斜角を自由に選べるほか、進路上に船などが侵入した場合などでも、場所を変えて打ち上げることができる。

同社はこれにより、地上からの発射に比べ、同じロケットでもより重い衛星を飛ばせるほか、さまざまな場所からあらゆる軌道に打ち上げができ、さらに急な打ち上げの要求にも応えることができるとしている。

  • ローンチャーワン

    現在、超小型ロケット(Micro Launcher)の市場をほぼ独占している、米国ロケット・ラボの「エレクトロン」ロケット (C) Rocket Lab/Sam Toms and Simon Moffatt

空中発射には欠点も、ペガサスのつまずき

もっとも、空中発射にはいくつか欠点もある。たとえば、固定の発射台は必要ないとはいえ、ロケットや衛星には電力や空調を供給する必要があるため、飛行機に地上の発射台と同じような機能をもたせなければならない。

また、地上側にも、ロケットや衛星を組み立てたり整備したりするための施設が必要なうえに、飛行機の整備も必要になる。さらに、ロケットには推進剤が満載されているため運用が難しいといった問題もある。

つまり、空中発射は決して地上からの発射に比べて楽ということはなく、長所と同じくらい、場合よっては長所をかき消してしまいかねないほどの短所がある。

じつは、宇宙開発史において、空中発射ロケットには苦い過去がある。米国のオービタル・サイエンシズ(現ノースロップ・グラマン)が1990年に開発した、世界初の空中発射型の衛星打ち上げロケットであるペガサスのつまずきである。

ペガサスはローンチャーワンとほぼ同じ打ち上げ能力のロケットで、「空中発射により打ち上げの低コスト化、自由度、柔軟性、即応性の向上を実現」という謳い文句を掲げていたところも同じである。

しかし実際には、打ち上げコストは1994年に約1100万ドルだったのが、近年では約6000万ドルにまで高騰していると伝えられる。これはペガサスの約40倍の打ち上げ能力をもつ「ファルコン9」とほぼ同じコストである。さらに、打ち上げ数はデビューから30年でわずか44機にとどまっている。

コストを押し上げた要因のひとつが、空中発射母機として使っている「スターゲイザー」が、ロッキード L-1011 トライスターを改造した機体であるという点である。同機は1974年に製造されたものですでに老朽化が進んでおり、さらに他のトライスターはほとんどが退役しており、現在空を飛べるのはスターゲイザーしかなく、メンテナンスや部品交換に支障が出ている。また、いつでも飛べる状態に維持するのにも、地上設備と同じく手間がかかる。その結果、維持や整備にかかるコストが大きくなり、それが打ち上げコストに響いている。

さらに、打ち上げの準備や整備に専用の施設が必要であったり、取り扱いの難しい固体推進剤を使っていたりと、他にもコストを押し上げる要因をいくつも抱えている。その結果、打ち上げ数も伸び悩み、それがコストをさらに押し上げる要因にもなっている。

空中発射ロケットを実用化させた功績は大きいが、商業的には失敗したと言えよう。

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    ノースロップ・グラマンが運用している、世界初の実用的な空中発射ロケット「ペガサス」。小型衛星を手軽に打ち上げる手段として開発されたが、実際にはコスト高騰などで商業的には失敗している (C) NASA

ペガサスの失敗を乗り越えられるか

一方、ヴァージン・オービットの関係者はたびたび「ペガサスを反面教師にする」と語るなど、ローンチャーワンにはペガサスで足かせとなった部分を改善するという意図が現れている。

たとえば、ペガサスは固体推進剤を使うため、つねに火薬の塊が存在するようなもので扱いが難しく、また発射を中止した場合には、その塊を抱えたまま飛行場に戻ってくることもあり、運用できる空港が限られていた。

一方ローンチャーワンは液体推進剤なので、推進剤を抜いた状態で組み立てや整備ができたり、発射中止の場合も空中で推進剤を排出し、安全な状態で着陸したりできる。このため、軍事基地や宇宙基地はもちろん、民間空港であっても、ローンチャーワンの運用を前提にルールなどを整備すれば、問題なく運用できるようになっている。事実、前述のように日本の大分空港などを拠点に運用することが決まっている。

また、衛星の搭載や発射前の整備などのために、トレーラーを改造した可搬式の地上支援車両が開発されており、地上側で必要となる固定設備を減らす試みがなされている。これにより、大分空港など複数の空港での運用を可能にしているばかりか、施設の維持・運用費も低減できる。

  • ローンチャーワン

    ヴァージン・オービットの地上支援車両。トレーラーを改造したもので、内部はクリーン・ルームになっており、ローンチャーワンへの衛星の搭載や整備などの作業ができる (C) Virgin Orbit

しかし、飛行機については、ペガサスと同様にアキレス腱となる可能性がある。コズミック・ガールに使われているボーイング747は、厳密には2001年に製造されたボーイング747-400という機種で、スターゲイザーほどではないにせよ老朽化が進んでいることは否めない。また、燃費などに優れた新型機が登場していることから、世界中でボーイング747-400の退役が進んでいる。

つまり、コズミック・ガールはそう遠くないうちに退役を余儀なくされる可能性があり、あるいは延命するにしても、他に運航している航空会社がなくなることで、空港での整備や機体の維持がしづらくなる可能性がある。とくにヴァージン・オービットの構想どおり、さまざまな空港を拠点に高頻度での発射を行おうとすればするほど、この問題はより顕著となろう。かといって、別の新しい飛行機を使う場合には、再度試験をやり直す必要が生じる。

はたしてローンチャーワンは、ペガサスの二の舞となることなく、小型・超小型衛星打ち上げの旗手となることができるのか。衛星打ち上げに成功したいま、空中発射ロケットの苦い歴史を乗り越え、商業打ち上げ市場で勝つという、ヴァージン・オービットの新たな挑戦が始まった。

参考文献

Virgin Orbit Aces Second Launch Demo and Deploys NASA Payloads | Virgin Orbit
Technology - A New Approach To Proven Technology | Virgin Orbit
Virgin’s satellite launcher reaches orbit for first time - Spaceflight Now
Virgin Orbit Ignites LauncherOne Rocket During First Launch Demo, Mission Safely Terminated | Virgin Orbit
Pegasus Rocket - Northrop Grumman