使い道がないAR1

ヴァルカンのエンジンにBE-4が選ばれたことを受け、米空軍(現在の米宇宙軍)から与えられる開発費は減額。AR1の開発体制は大きな影響を受けることになった。

なお、2021年1月現在もBE-4はまだ完成しておらず、それにともないヴァルカンの開発や1号機の打ち上げ時期も遅れているが、かといってAR1に、つまりメタン燃料からケロシン燃料に変えると、ロケットの設計からやり直す羽目になるため、ULAとブルー・オリジンはなんとしてもBE-4を搭載したヴァルカンを完成させるしかなく、一方でAR1がバックアップとして復活する目もまったくないということになる。

それでも、エアロジェット・ロケットダインはいまなおAR1の開発を続け、そしてついに最初のエンジンの組み立てが完了し、その姿を表した。

しかし、あくまで組み立てが完了しただけであり、燃焼試験などはまだこれからで、エンジンの開発としてはまだ道半ばである。また、現時点でAR1の燃焼試験ができる場所もなく、NASAジョン・C・ステニス宇宙センターの試験施設の改修を待たねばならない。

そしてなにより、現時点でAR1を使う予定のロケットがなく、今後開発や試験が順調に進み、エンジンが完成したとしても、使い道がないという大きな問題も抱えている。

米国のロケット・ベンチャー「ファイアフライ・エアロスペース」が、将来開発を予定している中型ロケット「ベータ」の第1段エンジンにAR1を使用する意向を示しており、エアロジェット・ロケットダインと検討を行う契約も結んでいるが、使用が決定されたわけではない。ファイアフライも現時点では、自社開発するエンジンを5基束ねる案を本命としている。

また、ファイアフライは現在、ベータより小さな、小型衛星打ち上げ用ロケット「アルファ」を開発している段階で、打ち上げ実績もまだない。今年2月にも初の打ち上げ試験に挑むとも伝えられているが、いずれにせよアルファすら完成していない以上、ベータが実際に開発されるのかどうかまだ不透明であり、AR1エンジンの将来も同様に不透明であることに変わりはない。

  • AR1

    ファイアフライが開発している小型衛星打ち上げ用ロケット「アルファ」の想像図。この次に開発が予定されている中型ロケット「ベータ」に、AR1エンジンが採用される可能性がある (C) Firefly Aerospace

AR1はこの先生き残れるか?

AR1はスペック上は優れたエンジンであり、またこれまでロシアしか開発することができなかった、ケロシン燃料の二段燃焼サイクルで、なおかつ推力2000kN超えの大推力エンジンが完成しつつあることは、米国の宇宙開発にとって大きな成果であることは間違いない。

しかし、ケロシンよりもあらゆる面で優れたメタン(LNG)燃料のエンジンが技術的に完成しつつあることで、AR1の価値は相対的に失われている。くわえて、世界的にロケットの再使用化がトレンドとなりつつあり、再使用できないAR1はその点でも価値を失っている。

歴史に「もし」はないと言うが、それでもあえて、もしAR1が2010年代の前半に誕生していたならば、RD-180の代替エンジンとして、アトラスVの改良型や、その後継機などに採用され、活躍していた可能性は高い。その観点からいえば、タイミングが悪すぎた、遅すぎたと言える。

現時点で考えられるAR1が生き残るためのシナリオは、大きく2つ考えられよう。

ひとつは、新しい中型ロケットへの採用である。現在米国には、アトラスVやファルコン9といった大型ロケット、そしてエレクトロンやペガサス、ミノトールといった小型ロケットはそれぞれ数種類あるが、そのちょうど間を埋める中型ロケットが、とくにデルタIIの引退以降はほとんど存在しない。ノースロップ・グラマンの「アンタレス」が中型に該当するものの、その第1段はこれまたロシア製の「RD-191」を使っているため、元の木阿弥にしかならない。

中型ロケットは、偵察衛星の打ち上げなど安全保障面で一定の需要があり、また地球観測衛星などの民需にもマッチしやすいため、官と民の両方の需要が期待できる。くわえて、米国のロケット企業のうち、スペースXとブルー・オリジンは大型・超大型ロケットに、ロケット・ラボなどは超小型ロケット(Micro Launcher)に注力しており、現時点で直接的なライバルは少ない。したがって、前述のファイアフライのベータのような、新しい中型ロケットの開発や、そしてその新しいロケットへのAR1の採用というシナリオは、比較的現実味があるといえよう。

もうひとつは、ファイアフライなど米国内のロケット企業への販売の強化と、他国への輸出に活路を見出すことである。

現在ファイアフライのような、小型・超小型衛星打ち上げ用ロケットを開発している、いわゆるロケット・ベンチャーと呼ばれる企業は、基本的にはエンジンを自社で内製している。これには、小さなロケットであるがゆえにエンジンも小ぶりで比較的内製化しやすいこと、内製化により品質維持やコストダウンが自社で舵取りしやすいこと、そしてそもそもロケットエンジンだけを売ってくれるような企業が存在しないことがあげられる。

しかし、こうした企業が将来的に中型、大型ロケットの開発に乗り出そうとした場合、大推力エンジンの開発は技術的に難しく、また多額の資金と多くの時間が必要になるといった壁が立ちはだかる。ファイアフライが、アルファではエンジンも含め内製化している一方で、ベータではAR1を購入する選択肢を考えているのにはこうした背景がある。

また、ファイアフライのように、まずは小さなロケットから開発し、将来的に中型・大型ロケットを開発することを思い描いている企業は、米国内はもちろん、欧州や日本、カナダなどにも複数存在する。

そこにおいて、AR1はすでに完成が近づいており、なにより買い手がなく持て余している状態にあることから、ベータへの販売が行われるならば、他の企業、それも他国の企業も含めた複数社に販売するという展開も考えられる。機密の塊であるロケットエンジンは、輸出規制などで米国外へは門外不出となる可能性もあるが、過去に例がないわけではなく、またAR1は本質的にミサイルへの転用が難しいこともあって、可能性は十分にあるだろう。

しかしながら、AR1は燃料にケロシンを使っている以上、メタン(LNG)エンジンに比べ、性能やコスト、再使用性などの点で劣っている。燃料にメタンを使うことは、再使用に続く世界のロケットのトレンドとなりつつもある。そのため、今後仮に買い手がついたとしても、活躍できる期間はそう長くはないかもしれない。

ロシアが造れるエンジンを米国が造れないこと、そしてロシアからエンジンを買っていることを揶揄されながらも、ひとたび本気を出せば同等のエンジンを仕上げてくるあたりは、やはり「腐っても鯛」と言えよう。本命ではないエンジンに十分な開発費が支給されることも含め、米国の宇宙開発の底力を思い知らされる。しかし、そうして開発されたにもかかわらず、その底力が他のエンジン開発でも発揮されたがために、AR1が活躍することなく御役御免となりかけているのは、皮肉であるとしか言いようがない。

時代の流れ、盛者必衰のことわりと言ってしまえばそれまでだが、ロケットの技術史という観点から見れば、AR1がこのまま姿を消すのは、あまりにも惜しいと言えよう。

  • AR1

    AR1エンジンの肝となるプリバーナーの試験の様子 (C) Aerojet Rocketdyne

参考文献

AR1 Engine | Aerojet Rocketdyne
Aerojet RocketdyneさんはTwitterを使っています 「The first #AR1 engine is complete - the first American-made liquid oxygen/ kerosene staged-combustion engine. AR1 is the ideal engine for many possible solutions; it brings the right thrust level, size, and performance to a wide variety of launch vehicles. https://t.co/NaWw5zRtJS」 / Twitter
Aerojet Rocketdyne and Firefly Aerospace to Provide Flexible Access to Space | Aerojet Rocketdyne
Vulcan Centaur
Partial Rocket Reuse Using Mid-Air Recovery - partial-rocket-reuse-using-mid-air-recovery-2008-7874.pdf