米国航空宇宙局(NASA)は2020年10月27日、太陽に照らされた月の表面に水分子(H2O)を発見したと発表した。
これまで、月の表面に水素は見つかっていたものの、それが水分子であるか、それとも鉱物と結びついた形で存在する水酸基(OH)かはわかっていなかった。
かねてより月の極域にある永久影の中には、水分子が存在する可能性がわかっており、今回の発見とあわせ、水分子が月の表面全体に分布している可能性が出てきた。
この研究成果は、論文誌「Nature Astronomy」の10月26日発行号に掲載された。
月の極域にも表面にも水が存在か?
月の水をめぐる研究には、長い歴史がある。アポロ計画が行われた時代には、月は完全に乾燥した世界だと考えられていた。月の太陽の光があたる部分の温度は約120℃にもなり、水は蒸発するうえに、月には大気がほとんどないため、その蒸発した水を保護することができず、すぐに宇宙空間へ拡散してしまうためである。
しかし、その後の探査により、月の極にある「永久影」の中に水が氷の状態で存在する可能性が浮上。月は自転軸の傾きがとても小さいため、月の極域にあるクレーターの内部には、太陽の光が決して届くことのない領域が生じる。これを永久影といい、温度が最高でもマイナス157℃ほどにしかならないため、そこに彗星が落下するなどし、水がもたらされれば、氷の状態で保存されている可能性がある。
ただ、まだ確定には至っておらず、水分子なのか、あるいは水酸基なのかははっきりしていない、また仮に水が存在するとしても、その埋蔵量については計算によってまちまちで、本当のところはよくわかっていないというのが現状である。
一方、月の表面の日当たりのいい場所でも、これまでに水素が存在することがわかってはいたが、それが水分子の形で存在するのか、水酸基として存在するのかを明確に区別することはできなかった。
そこで研究チームは、NASAとドイツ航空宇宙センター(DLR)が運用する成層圏赤外線天文台「SOFIA」を使って観測を実施した。SOFIAはボーイング747型機に口径2.5mの赤外線望遠鏡を搭載し、高度約14kmの成層圏を飛びながら観測する“空飛ぶ天文台”として知られる。
物質は、その組成や構造によって、特定の波長の光を吸収したり放射したりする性質があり、その光を観測することで天体の組成を調べることができる。とくに赤外線の波長域を使えば、水をはじめ、可視光の波長域では見られないさまざまな物質を調べることができる。
しかし、地上の天文台からは、地球の大気に含まれる水蒸気や二酸化炭素の吸収や放射の影響で、赤外線域を精度よく観測することが原理的にできない。一方、衛星や探査機などに搭載して宇宙に望遠鏡をもっていくのは、大きさや質量などに大きな制約があり、性能が限られてしまう。そこで、大気の薄い成層圏から、衛星には搭載が難しい大きな望遠鏡で観測できるSOFIAの出番となった。
SOFIAは本来、ブラックホールや星団、銀河などの観測に使われており、月の観測は今回が初めてだった。
そして、月の南半球にあるクラヴィウス・クレーターを観測した結果、6.1μmの水分子に特有の波長を検出。1m^3の土の中に、100~412ppmの水分子が閉じ込められていることがわかったという。
この発見は、水がどのようにして作られるのか、空気のない過酷な月面でどのようにして水が存在するのかについて、新たな謎を投げかけることとなった。
研究を主導したNASAゴダード宇宙飛行センターのCasey Honniball氏は、「厚い大気がなければ、太陽の光を浴びた月面の水は宇宙空間に失われてしまうはずです。何かが水を発生させ、そして何かが水を閉じ込めているということになります」と、その謎を説明する。
研究チームでは、水を発生させるシナリオとして、月面に降り注ぐマイクロメテオライト(流星塵)によって少しずつ水が運ばれ、堆積している可能性や、太陽風が月面に水素を届け、月の土壌にある酸素を含む鉱物と化学反応を起こして水酸基を作り、さらにマイクロメテオライトの衝突による放射線がその水酸基を水に変えているという可能性をあげている。
また、その水が月に貯蔵されているメカニズムとしては、マイクロメテオライトの衝突によって生じた熱によって、土壌中のガラスに閉じ込められた可能性や、月の土の結晶の間に入り込み、そこには日差しが当たらないために存在し続けることができるのではといった可能性があるという。
研究チームは今後、SOFIAを使い、別の太陽の光が当たる場所や、月の満ち欠けの間に水がどう動くのかなどをさらに観測し、水がどのようにして生成され、貯蔵されるのかという謎を解き明かしたいとしている。
資源としての利用は?
一方、月の水をめぐる問題は、科学的な点だけでなく、有人月面基地の資源として利用できるかどうかという点でも重要である。
水は人間が生きていくうえで必要不可欠なものであり、さらに電気分解して水素と酸素にすることで、酸素を生命維持に使ったり、水素と酸素をロケットの推進剤にしたりすることもできる。
現在運用中の国際宇宙ステーション(ISS)では、定期的に地球から水を持ち込むことでまかなっているが、もし月へも同じように水を輸送しようとすると、巨大なロケットが必要なうえに、何度も運ばないといけないなど、莫大なコストがかかる。月で水が現地調達できるかどうかは、これからの有人月探査や、月面都市などが実現するかどうかの鍵を握っている。
NASAの有人探査・運用ミッション本部の主任惑星科学者を務めるJacob Bleacher氏は「月の水を資源として利用することができれば、地球から運ぶ水の量を少なくできるうえに、その分より多くの科学機器などを運ぶことができ、新たな科学的発見を可能にすることができます」と語る。
現在NASAが進めている有人月探査計画「アルテミス」では、すでに水が存在する可能性が判明している月の南極を探査することが計画されている。もし月の表面にも水が存在するならば、探査や月面基地の建設候補地が大きく増えることになる。
しかし、今回SOFIAがクラヴィウス・クレーターで見つけた1m3あたり100~412ppmという水の量は、地球のサハラ砂漠に含まれる量の100分の1ほどに過ぎない。研究に参加したDRLのAlessandra Roy氏は「サッカーのピッチほどの広さに、300mlの飲料缶の中身があるようなもの」と例える。また、研究チームが考えるように、ガラスや結晶の間に存在するのであれば、取り出して利用するのはやや難しい。
一方で、近年では水を完全にリサイクルする技術も確立されつつあるため、最初にある程度まとまった量を取り出すことができるなら、利用価値が生まれる見込みもある。
なお、「Nature Astronomy」誌の同じ号では、この研究とは別に、理論モデルとNASAの月探査機「ルナー・リコネサンス・オービター(NRO)」のデータを用いて、現在予想されているよりも多くの月の全域で、気温がつねに氷点下になっている小さな影(コールド・トラップ)が存在する可能性を指摘した論文も掲載されている。ただ、こちらはその内部でH2Oを直接検出したわけではない。
したがって、今後クラヴィウス・クレーターや小さなコールド・トラップなどに探査機を送り、水の有無や埋蔵量についてより詳細かつ直接的に調べ、またその水や氷にアクセスできるか、取り出せるかといったことも調べ、なおかつその結果が良好なものでない限り、資源として使うことは難しいだろう。
すでにNASAでは、水を探すことを目的とした超小型探査機「ルナー・フラッシュライト(Lunar Flashlight)」を2021年に、また同じく水を探す無人探査車「ヴァイパー(VIPER)」を2022年に打ち上げることを計画しており、これらによる探査で、より多くのことがわかるかもしれない。
参考文献
・NASA’s SOFIA Discovers Water on Sunlit Surface of Moon | NASA
・The flying observatory SOFIA discovers water molecules on the Moon - DLR Portal
・Molecular water detected on the sunlit Moon by SOFIA | Nature Astronomy
・Micro cold traps on the Moon | Nature Astronomy
・日本惑星科学会 : 日本惑星科学会誌「遊・星・人」第 28 巻 (2019)