東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)は9月14日、ガンマ線宇宙望遠鏡「フェルミ」が10年以上前に観測した天の川銀河中心部から過剰に放出された高エネルギーガンマ線に関する観測データについての詳細な解析と、最新モデルによる徹底的な分析を実施した結果、その過剰な放出がダークマター(暗黒物質)の有力な候補とされている「WIMP」(ウィンプ:Weakly Interacting Massive Particle)の対消滅によって起きた可能性が否定され、暗黒物質の性質に強い制限を与えたと発表した。

同成果は、Kavli IPMUのオスカー・マシアス特任研究員を中心とする国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が発行する物理学専門誌「Physical Review D」オンライン版に掲載された。

フェルミは、2008年6月にNASAによって打ち上げられた高エネルギーのガンマ線を対象とした宇宙望遠鏡(天文観測衛星)。同衛星の観測により、天の川銀河の中心部で過剰に放出された高エネルギーガンマ線を検出。銀河系の中心部はダークマターが高密度で存在している領域と考えられてることから、これまで一部の物理学者たちの間では、その過剰な放出は、ダークマターの粒子が対消滅したことによるものと唱えられてきた。

なおダークマターは、通常の物質とは重力により相互作用するが、それ以外は相互作用はほぼすることなく、またあらゆる電磁波でも観測不能という特徴を持つと考えられている。現時点では正体不明の、仮想の物質である。全宇宙において通常の物質の約5倍も存在すると考えられており、ダークマターがなければ宇宙に銀河も誕生しなかったとも考えられている。その正体については、さまざまな説が唱えられては否定されてきた。WIMPもそのひとつで、粒子の運動速度が遅い「コールドダークマター(冷たい暗刻物質)」とも呼ばれている。ほかの物質と弱く相互作用すると考えられている。

研究チームは今回、銀河中心で起こる天体物理現象を調べあげ、最新モデルとしてまとめたという。銀河中心で過剰なガンマ線放出を引き起こすとされる現象には、星形成に関連する恒星の質量放出、分子ガスによる宇宙線の制動放射、中性子星の発するミリ秒パルサー、低エネルギーの光子を散乱させ逆コンプトン散乱を引き起こす高エネルギー電子などがあるが、この最新モデルを用いると、天の川銀河の中心におけるガンマ線過剰放出の要因として、WIMPの対消滅によって生じたという可能性の余地がほぼないことが判明。既知の天体物理現象のみでガンマ線の過剰放出について説明することができたという。

また、ガンマ線の過剰放出のされ方からもWIMPの対消滅の可能性が低いことが確認された。仮にWIMPの対消滅で過剰放出が起きたのだとすると、ガンマ線の放射は天の川銀河の中心からなめらかな球形もしくは楕円形に放出されると予測されている。しかし、フェルミ宇宙望遠鏡によって観測されたガンマ線の過剰放出を詳細に分析した結果、棒のような構造を持つ三軸状に現れていたという。

また銀河中心には、バルジと呼ばれる膨らみがあるが、バルジを通して観察すると恒星は非対称な箱のように分布しており、非常に特殊な形状をしていることがわかっている。この分布による形状では、WIMPの対消滅によってガンマ線の過剰放出が起きる可能性がほとんどないことも示されたという。

なお、今回の成果により、天の川銀河にダークマターが存在する可能性自体が排除されてしまうわけではない。ダークマターの正体がWIMPである可能性が否定されただけであり、その正体がほかの粒子などであればダークマターの存在を否定するものではないとしている。WIMPはダークマターの正体の有力な候補のひとつとしてこれまで考えられてきたが、今回の結果も含めて、近年はその可能性が低いという結果が報告されている。ダークマターの正体探しはまだしばらく続きそうだ。

  • ダークマター

    天の川銀河の中心部からの過剰な高エネルギーガンマ線の放出を捉えたフェルミ宇宙望遠鏡の観測データ。今回、複数の理由からダークマターの正体がWIMPである可能性が否定されたが、粒子の質量の範囲からもその可能性が否定されたという (c) Oscar Macias (出所:Kavli IPMU Webサイト)