乾燥する宇宙船内や機内の化粧は?

身だしなみで、気になるのが宇宙船内の環境だ。宇宙船内は乾燥すると聞くが、お化粧で気を付けていたことは?

「宇宙船の中は乾燥します。湿度は25~75%の範囲で設定しますが実際は20~30%代。女性だけでなく、男性宇宙飛行士もクリームを塗っていました。さらに紫外線もあります。窓にはUVフィルターが貼られていますが、大気の層が紫外線を遮ることがないため、ずっと地球を見ていると日焼けします」山崎直子飛行士は説明する。

一方、ANAで長い間客室乗務員を経験してきた江島まゆみさんによると「飛行機の湿度はだいたい10~20%、新しい飛行機で湿度が高いもので約25%です」。宇宙船より飛行機内の方が乾燥している事実がわかり、驚く参加者たち。客室乗務員たちは「美容液をかけたりクリームを塗ったりしますが、身体の中にも水分をとる必要があり、お水を十分にとります。またストレスも乾燥に繋がるので楽しくポジティブに過ごすことも大事です」と工夫を披露した。

  • 宇宙生活/地上生活に共通する課題テーマ・解決策の募集

    ANA宇宙事業化プロジェクトメンバーで客室乗務員の経験が豊富な江島まゆみさん(中央)

水分摂取は宇宙でも大事だ。「無重力環境だと体液が上半身に移動します。すると脳が水分量が増えたと勘違いして尿から水分を排出しやすくなる。だから宇宙にいる間は、体内の水分はすごく減ってしまう。一度のたくさんの水分をとるよりも、こまめにちょこちょこ水を飲みなさいとよく言われます」(山崎さん)

お化粧について、向井千秋さんは「私は地上で保湿クリームぐらいしかつけませんが、『宇宙ではアルコール成分が入ってないものならマスカラでも、ファンデーションでも持っていけますよ、特殊ではないですよ』ということをデモンストレーションするために宇宙に化粧品を持って行きました。宇宙と地上を結んだ記者会見では宇宙飛行士たちは『自分が元気だよ』という姿を見せるために、お化粧をします」

以前、山崎宇宙飛行士に取材した際には、宇宙にはアルコール成分が入った化粧品は持っていけないため、訓練拠点のNASAジョンソン宇宙センターに近いクリニークのお店でアルコールフリーの化粧品から自由に好きな色を選んでいくと聞いた。この日のワークショップには資生堂や花王、POLAなどの化粧品メーカーの皆さんが出席していたが、宇宙の制約の中でも日本の化粧品メーカーができることは色々ありそうだ。それは宇宙だけでなく、オフィスにこもったりテレワークで働いたり、リズムが作りづらい人たちにもアプローチできるはずだ。

宇宙でだらしなくなりがち? な服の着こなし。機能性衣服の可能性

洋服はどうだろう。向井さんは宇宙での着こなしで不安感があったという。「地上でびしっと着こなせるのは服の重さがあるからです。よく宇宙飛行士たちがラガーシャツを着ていますが、襟元がうかんでしまったりだらしなくなりがち。伸縮性のある服があったらいいんじゃないかと思います。泣いている子供を抱っこすると泣き止みますよね? 皮膚に圧迫感があると安心するんです。Float(浮かぶ)状態でくるくる回るのは面白いのですが、Drift(漂う)状態が長く続くと幽霊船みたいで不安になりますから」

ロシアの宇宙飛行士たちは、漫画「巨人の星」で星飛雄馬が身に付けた大リーグ養成ギプスのようなスーツを着用、腕を曲げ伸ばしするだけで腕の筋肉が鍛えられるという。宇宙船の中は無重力状態だからダンベルのような重りは使えず、抵抗力を利用する。機能性を考慮した服があれば、高齢化社会で足腰が弱い人が歩くだけで鍛えることもできるのではないか。水泳選手などアスリートはすでに機能性をもったウエアを活用している。

シェイプアップの観点からは「お腹は引っ込むしバストアップするし、『こんなに私って素敵だったのかしら』と思うほどスタイルがよくなる」と向井さんは言う。ただし、姿勢を真っすぐに保つのは難しい。

「宇宙で自然な姿勢は『ゾンビのような姿勢』です。膝が曲がって手が上にあがり、背中も若干丸くなります」(山崎直子さん)。宇宙の姿勢を体感してみたいなら「足の立たないプールに入って立ち泳ぎをやめればいい」と向井さんは提案する。水の中の水圧がない感じが宇宙。楽だから身体がなまけてしまうそうだ。

「そもそも地上で背筋がまっすぐ伸びるのは、体重で床をおした反作用です。歩くときは片足をついて重心の位置を前にうつし転びそうになって違う足を出す。でも宇宙では重心がないからその動きができない。歩く、階段を上る、降りる、すべる、転ぶ。これらはすべて『重力文化』の中の動きなのです」(向井さん)

重心文化という見方は宇宙に行ったからこそ生まれるのだろう。無重力ならではの動きで面白いのは宙返りやジャンプが簡単にできること。「地球じゃ絶対にできないような連続宙返りが宇宙ではできます。ただし着地ができない(笑)」と向井さんは笑う。

  • 宇宙生活/地上生活に共通する課題テーマ・解決策の募集

    (C)NASA

匂い - 基本は消臭+個人の香りを

ワークショップで盛り上がったのは「匂い」や「香り」の話題だ。ANAの江島さんによると「飛行機に乗り込んだ時には、『今日の食事メニューはハンバーグだな』とわかります。でも乗っているうちに鼻が慣れてしまってわからなくなってしまうのです」

「人はものすごく環境に適応する力がある。匂いに慣れてしまうと感じなくなるんです。同じように痛いところがあっても、もっと強い痛みがほかにあると、元の痛みには慣れる。痛みが吸収されてしまうから。宇宙飛行初期にはトイレが壊れて宇宙飛行士たちがおむつを使ったこともありました。その中で食べ物を温めて食べる。匂いを感じたら生きていけないから感じなくなる」(向井さん)

極地建築家の村上さんは匂いを感じた時のエピソードを話してくれた「遠征で2~3週間お風呂に入れず基地に帰って石鹸で手を洗った瞬間に、『自分が臭い!』とわかるんです」。

では、どうしたらいいのか。アルコール等が使えないという宇宙船の事情から香水やマニキュアが使えない。「ベースは消臭だと思う。匂いを消した上で、柔軟剤などに使われているマイクロビーズのように個人の小さな空間で自分の好きな香りを楽しめるとよいのでは」(向井さん)。

香りはそれぞれ好みが異なるため、難しい。ある人が好きな香りが別の人にとってはストレスになる可能性があるからだ。向井さんはオレンジの皮を宇宙に持って行き、気分が悪い時はリフレッシュしたと言うし、山崎さんは桜茶を持って行って香りを楽しんだそうだ。向井さんが副学長を務める東京理科大学スペースコロニー研究センターでは光触媒を使った消臭装置をJAMSS(有人宇宙システム)と共同で行っているそうだ。