衛星を使って全世界に通信サービスを展開している「イリジウム・コミュニケーションズ」は2019年12月5日、第1世代にあたる衛星の最後の1機を、軌道から離脱させる運用を実施、退役させたと発表した。

同社はすでに、性能を向上させた第2世代機「イリジウムNEXT」を打ち上げており、システムの世代交代が完了した。ただ、イリジウムといえばおなじみの、太陽光の反射で衛星が輝いて見える「イリジウム・フレア」という現象は、第2世代機では発生しないため、この第1世代機の退役により見られなくなる。

今回は、イリジウム衛星の歴史から、その仕組み、そして功と罪、課題などについてみていきたい。

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    イリジウム衛星の第1世代機の想像図 (C) Iridium Communications

全世界を66機の衛星通信で結ぶイリジウム

イリジウム(Iridium)は、米国の企業「イリジウム・コミュニケーションズ」が運用する通信衛星で、地球を取り囲むように66機の衛星を配備し、全世界に衛星を使った電話やデータ通信サービスを展開している。

複数の衛星で全世界に通信をつなげる、というアイディア自体は以前からあったが、それを実現させようと動いたのは、1990年代の初頭、モトローラの会長だったロバート・ガルヴィン(Robert Galvin)氏だった。

当時はまだ携帯電話もそれほど普及しておらず、利用できる地域はまだ限られていた。そんななか、世界のどこでも使える携帯電話という理想を追い求めた彼は、重役たちの反対を押し切ってイリジウム構想を推進。そして同社が主に出資する形で、衛星の運用やサービス提供を行う企業「イリジウム」が立ち上がった。

衛星はモトローラとロッキード・マーティンが製造し、1機あたりの質量は689kg。高度780km、軌道傾斜角86.4度の軌道に、6つの軌道面に11機ずつ分けて乗せて運用する。

イリジウムという名前は、当初は77機の衛星を使ってサービスを展開する予定だったこと、そして原子番号77の元素がイリジウムであることに由来する。その後、検討を進めるなかで66機でも十分であるとされ、数が減らされたが、名前だけは残ることになった(ちなみに原子番号66はジスプロシウムという元素であり、知名度や読みやすさなどから、一般向けのサービス名にはちょっとふさわしくない)。

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    地球を取り囲むイリジウム衛星の概念図 (C) Iridium Communications

衛星の打ち上げは1997年から始まり、米国やロシア、中国のロケットを使い、矢継ぎ早に配備が進んだ。そして1998年11月1日、ついにサービス開始にこぎつける。

ところが、イリジウムは出だしからつまづき、サービス開始からわずか9か月後の1999年8月13日、米国破産法第11条(チャプター11)を申請し、破産することになった。

その背景には、設備投資に当時50億ドルともいわれる巨額が費やされたこと、その一方で端末や利用料金の高さや、たしかに全世界で使えはするものの、衛星と通信するという仕組み上、屋内からは使えないことなどから、加入者数が想定より伸びなかったこと、そしてなにより、セルラー方式、すなわちいわゆる普通の携帯電話の発展により、衛星携帯電話の必要性が薄れたことなどがあった。ちなみにイリジウムとほぼ同時期に、グローバルスターやオーブコムといった競合他社も現れたが、これらもやはりイリジウムと同時期に破産を経験している。

2000年3月にはついにイリジウムのサービスも停止し、衛星も大気圏に再突入させて、退役させる計画も発表された。

ところが、世界のどこでも電話ができるイリジウムは、世界各地で軍事活動を行う米国防総省にとって必要不可欠な存在となっており、また北海油田などの僻地でも貴重な連絡手段として利用されていた。

こうした特殊な需要を背景に、米政府が後押しする形で、新たにイリジウム・サテライトという企業が立ち上げられ、資産と営業権を買収。2001年3月からサービスが再開されることになった。再開後は主に法人・ビジネス用途に的を絞ったサービスを展開している。また2009年には、買収などを経て、現在のイリジウム・コミュニケーションズとなっている。

一方、初代のイリジウム衛星は設計寿命が8年だったにもかかわらず、最初の打ち上げから10年以上経っても、破産などのごたごたの影響で、代替機が打ち上げられない状況が続いた。2007年になって、ようやく同社は第2世代機となる「イリジウムNEXT」を打ち上げると発表。サービス提供に必要な66機に加え、9機の軌道予備衛星を含めた計75機を打ち上げ、第1世代機をすべて代替するとした。

イリジウムNEXTの衛星は1機あたり860kgで、製造は欧州のタレス・アレニア・スペースが手掛ける。初代より通信能力や設計寿命が向上しているほか、イリジウムとは関係のない、他社の機器などを搭載できるスペースも用意された。このスペースへの機器の搭載権は販売され、航空管制に使うADS-Bと呼ばれる装置や、船舶を追跡する自動船舶識別装置(AIS)が搭載されることになった。

イリジウムNEXTは2019年1月までに66機以上の衛星が打ち上げられ、すでに初代の衛星からバトンを受け継ぎ、サービスを開始している。一方、第1世代の衛星は、老朽化やイリジウムNEXTの打ち上げにともなって、徐々に予備機として実運用から離れることになり、さらに必要がなくなったものから軌道を離脱させ、大気圏に落として処分、退役させることになった。

そして2019年12月5日、最後の第1世代機である「SV097」に、軌道を離脱させるためのコマンドが送られた。これにより、第1世代機はすべて軌道上から姿を消すことになった。

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    イリジウム衛星の第1世代機の想像図 (C) Iridium Communications