米国航空宇宙局(NASA)のジム・ブライデンスタイン長官がこのたび来日し、2019年9月25日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の山川宏理事長と共同で記者会見を開催した。
会見に先立つ24日、両者は月探査に向けた将来の両機関の協力について議論を行い、共同声明に署名。それを踏まえ、ブライデンスタイン長官は、日本の技術力の高さを称えるとともに、「月を周回する宇宙ステーション『ゲートウェイ』計画への日本の参加を促すために来た」と明言。「日本人宇宙飛行士が月面に降り立つ可能性も大いにある」などと語られた。
日本人宇宙飛行士が月に滞在し、活動する重要性
今回、記者会見が、そして共同声明の署名が行われた背景には、米国がふたたび月に宇宙飛行士を送り込むことを目指した「アルテミス」計画を進めていること、そしてそれと並行して、月を回る軌道に、国際宇宙ステーション(ISS)に続く新しい宇宙ステーション「ゲートウェイ」を建造しようという構想が進んでいることがある。
現時点の計画では、まず2020年に「アルテミス1」という計画で、有人月着陸に使う宇宙船「オライオン」と、超大型ロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS)」の無人での打ち上げ試験を実施。2022年には「アルテミス2」で有人の飛行試験を実施する。同じく2022年ごろから、並行してゲートウェイの建設を開始。そして2024年にオライオン、SLS、そしてゲートウェイを活用して、アポロ計画以来約半世紀ぶりとなる、有人月探査を実施する予定となっている。
ゲートウェイの建造はその後も続き、さまざまなモジュールを結合させ、月面に降りる拠点として、また、深宇宙における宇宙飛行士の長期滞在の模擬試験場として、さらに有人火星探査の足がかりになることも目指している。
このアルテミス、そしてゲートウェイの実現にあたっては、米国が音頭を取る形で、ISSのように国際共同で進めることになっている。現在は米国とカナダが参加を表明しており、日本や欧州でも、まだ参加の可否や予算をどうするかなどを議論している段階ではあるものの、おおむね参加する方向で話が進んでいる。
仮に日本が参加する場合には、宇宙飛行士が滞在する居住モジュールの環境制御・生命維持システム(ECLSS:Environmental Control and Life Support System)の開発と提供と、次世代の宇宙ステーション補給機「HTV-X」を使った物資補給などで貢献することで検討が進んでいる。
また、日本は独自に、月面にピンポイントで着陸することを目指した小型月着陸実証機「SLIM」の開発を進めているほか、インドと共同で月の南極の探査も計画している。さらに、日本の宇宙ベンチャー「ispace」が月探査機を開発しているほか、トヨタ自動車などが月面探査車の開発を検討しているなど、官民挙げて、アルテミス、ゲートウェイに貢献できる可能性が模索されている。
今回署名された共同声明では、こうした背景を踏まえ、NASAのアルテミス計画へのJAXAの参加をはじめとする、月探査への参画、そして最終的な有人火星探査に向けて、有人月面活動を推進するために、NASAとJAXAの間で科学的・技術的な協力を拡大していく意向が表明された。
これを受け、JAXAの山川理事長は記者会見で「JAXAとしては、将来の火星探査を見据え、月探査に国際共同のもとで取り組むことは重要と考えている。そしてゲートウェイへの貢献や月面での持続可能な探査活動について、NASAとの関係を強化していきたい」と語った。
ブライデンスタイン長官はこれに対し「日本はISSにおいて非常に大きな貢献をしている。さらに日本と米国は60年間、宇宙分野においてパートナーシップを築いてきた。そしていま、さらに協力関係を強化し、月探査、火星探査に向けていきたいと思っている」と答えた
ブライデンスタイン長官はさらに、今回の来日の目的について「日本に来たのは目的はひとつ。日本にぜひ、月を持続的に探査する、すなわち『月に滞在する』というミッションに参加してもらいたいという想いがあったからだ」と発言。「ISSへの貢献に示されているように、JAXA、そして日本の技術力は非常に高い。米国政府、そしてNASAとしては、JAXAと月ミッションに向けて取り組んでいきたいと思っている」と熱いラブコールを送った。
そのうえで長官は、日本人宇宙飛行士が月面に降り立つ可能性についても言及。「日米両国が力を合わせれば大きな成果が得られるだろう。米国人宇宙飛行士とともに、日本人宇宙飛行士が月に滞在し、活動することが重要だと考えている。これは山川理事長とも一致したビジョンである」と語った。
長官はまた、「もっとも、これは簡単なことではない。お金もかかる。日本政府のサポートが得られるよう要請するために、私は日本に来たのだ」とも語った。
なぜいま、月に行こうとしているのか?
そして「なぜいま、月に行こうとしているのか?」という問いに対しては、ブライデンスタイン長官は次のように答えた。
「あくまで目標は火星。そのために、月面で長期間滞在し、その知見をもって火星を目指す。近年の研究で、火星ではメタンの噴出が確認されており、しかも季節によって変動していることから、火星に生命がいるかもしれない可能性を想像させる。また火星の地下に液体の水も発見した。地球では水のあるところには必ず生命がいる。はたして火星でもそうなのか? それを確認するために行く」。
また、月そのものの魅力についても「月を調査することは、太陽系の初期の活動を知ることができる。また月の裏側は電波などが降り注がない非常に静かな環境であり、望遠鏡などを設置すれば、深宇宙をより見通すことができる」と語った。
JAXAの山川理事長は、同じ問いに対して「人類は宇宙に進出するべきものであると考えている。すでにISSで地球低軌道での活動を行っており、その次のステップとして目指すべきは月である。そして、その実現に必要な技術もすでに存在する。月に挑戦することで新たにイノベーションが生まれ、産業にも貢献していくだろう」と期待を語った。
一方、有人月着陸計画は、トランプ大統領の指示の下、実施が約4年前倒しになった。これに対する「技術的に、また予算的に大丈夫なのか?」という質問に対しては、ブライデンスタイン長官は「前倒しによるリスクより、延々先延ばしにするリスク、とくに政治的なリスクのほうが高いと考えている」と回答。すなわち、歴史的に米国の宇宙計画で繰り返されてきた、政権が変わって計画が中止になる可能性を危惧しているという見解を示した。
予算については、「トランプ大統領、ペンス副大統領から、計画の前倒しを可能にできるように、予算上のサポートを得られるよう支援を受けている」とし、また「議会、各政党にも働きかけを行い、実際に党派を超えた、非常に強力な支援をいただいている」と強調。「宇宙というのは、政治の場であっても人を結びつける独特の魅力がある」とし、理解を求めた。
また、「ゲートウェイ計画に中国、インドなどがゲートウェイに参画する可能性はあるのか?」という質問には、「宇宙探査と政治は切り離れている」としたうえで、「ISSに関わっている15か国すべてが月を目指すことに関心を示しており、それ以外の国々を迎え入れる用意はある」と回答。また、「すでにインド、オーストラリア、アラブ首長国連邦などから高い関心をもらっている」とし、現時点でISSに参加していない国々との協力にも含みを見せた。