静止している被写体でも追尾AFで撮るワケ

GR IIIは中庸だ。真っ直ぐな目線で見たときに何か飛び抜けたものを持っているワケじゃない。それゆえに、撮影者の(つまり自分の)根本的な性格や撮影時の気分の良し悪しが仕上がりにストレートに表れてしまうカメラになっているような気がする。良くも悪くも、とにかくごまかしが利かないのだ。

そもそもスペックで押し切るタイプではなく、例えば怒濤の連写でカタをつけるとか、卓越したAFの能力で撮影者をフォローしてくれるなんていうことはないカメラである。仕上がりのクオリティは、常に撮影者の実力とイコール。何の増幅も減衰も与えられぬ1対1のソリッドな関係にあり、それがそのまま「写真」というカタチになる。

要するに、「まぐれ当たり」とは、ほぼ無縁のカメラなのだ。だから、GRは面白くて恐ろしい。シャッターを切った瞬間の「自分」が写真の仕上がりに全部あからさまに出てしまうのが、気恥ずかしく、気づきにもなり、ときにはストレスのはけ口としても機能する。そして、いつしかそんなGRとの関係がヘンな快感につながりクセに……??

連写に頼らず1枚撮り。フォーカスモードは「追尾AF」をフォーカスロック代わりに使い、周辺光量補正はOFF。これが我がGR IIIの基本設定だ。シャッターボタンを一気に押し込んで撮ったとき、あらかじめ設定しておいた撮影距離にピントを合わせてくれる「フルプレススナップ」機能は、意外にタイムラグが大きく感じられることからあまり使っていないのが現状。シャッターボタンを一気に押し切るという所作を、長年「真綿感覚での半押し操作」に慣れさせてきた右手人差し指が拒否するような感覚があることも今ひとつなじめない理由なのかもしれない。というワケで、私の場合はフルプレススナップの活用より「F」ボタンに「スナップ切り替え」を割り当て、任意のタイミングで好みのピント位置(最近は無限遠設定に落ち着きつつある)を呼び出せるようにしておく使い方がしっくりきている。

  • 「追尾AF」を動く被写体にではなくフォーカスロックの代わりに使って撮る(ピントを合わせたい被写体にAFをロックの後、好みのフレーミングにカメラを振る=測距点がピントを合わせるべき被写体の位置にとどまったままになる)スタイルが気に入っている。それがGR IIIにおいてもっとも効率良く、しかも正確にピントを合わせる方法であるとの判断だ(ISO100、1/2500秒、F2.8)

  • 私自身にとってGR IIIのシャッターを切ることは、写真生活の表面に膜を張る灰汁をすくい取る作業に近い。写真に対する感覚をよりクリアにするための修復作業みたいなものなのだ。というワケで、日々愛用しているという感じではなく、どちらかというと「写真なんか撮りたくねーわ」的な気分のときに持ち出すことが多かったりする。ウチのGR III、世界で一番、損な役回りを演じているのかも(笑)(ISO100、1/1600秒、F2.8、-1.3補正)

  • 周辺光量が落ちることを忌み嫌う感覚が分からない。だって、周辺光量が落ちてこそ写真じゃん。だから、私はどんなカメラでも周辺光量補正はOFFにしているし(お仕事で撮影するときは別)、GR IIIでは開放F値+マイナス補正で撮ることが多い。これ、仕上がりにひとひねり加えるための有機調味料みたいなものだと思っている(ISO100、1/1600秒、F2.8、-1補正)