フル・フロウ二段燃焼サイクル

そして、ラプターのもうひとつの、そして最大の特徴は、「フル・フロウ二段燃焼サイクル(Full-flow staged combustion)」と呼ばれる、複雑ながら最高の効率が得られる技術を採用しているところにある。

液体推進剤を使うロケット・エンジンの多くは、ターボ・ポンプという強力なポンプを使って、タンクから燃焼室へ推進剤を送り込み、燃焼させ、発生したガスを噴射することで推力を生み出している。このターボ・ポンプは、ガスを使ってタービンを回すことで駆動させるが、そのガスをどのような仕組みで作り出すのか、そしてタービンを回した後のガスをどう処理するかで、液体ロケットの仕組みは大別される。

その仕組みのひとつである「ガス・ジェネレイター・サイクル」は、推進剤の一部をガス発生器と呼ばれる小さな燃焼室で燃やし、その燃焼ガスでタービンを回す。その後ガスは排気管から外へ捨てられる。エンジンの各部にかかる圧力や温度が低くでき、開発や製造が比較的容易である一方、ガス発生器を駆動したガスを捨ててしまうことから、全体の効率は落ちる。このサイクルは、現在スペースXが運用しているファルコン9やファルコン・ヘヴィに使われている、「マーリン1D」エンジンなどに採用されている。

もうひとつ、代表的な仕組みに「二段燃焼サイクル(Staged Combustion)」というものがある。まず、燃料すべてと酸化剤の一部(もしくは酸化剤すべてと燃料の一部)を、プリ・バーナーと呼ばれるガス発生器よりも強力な燃焼室で燃やし、高温高圧の不完全燃焼ガスを生成して、それでタービンを回してターボ・ポンプを動かす。不完全燃焼ガスを作る理由は、未燃ガスによって温度を落とし、エンジンが溶けないようにするためである。

そして、ターボ・ポンプで燃料、もしくは酸化剤を燃焼室に送り込むと同時に、タービンを回したガスも燃焼室に送り込んで、混ぜて燃焼させる。推進剤をプリ・バーナーと燃焼室の二段階で完全に燃焼させることから、二段燃焼という名が付いている。

この仕組みは、推進剤をいっさい無駄にすることなく噴射に使えるため、性能の良いエンジンにできるという長所がある。しかしその反面、エンジンの構造が複雑になり、また各部分にかかる圧力や温度の条件も厳しく、どこかで不調が起きると途端に爆発する可能性もあり、さらにエンジン始動のタイミングの制御も難しいなどといった短所もある。このサイクルは、ロシアの「アンガラー」ロケットや、ロシア製エンジンを搭載している米国の「アトラスV」ロケット、日本のH-IIAロケットの第1段エンジンなどに採用されている。

そして、二段燃焼サイクルよりもうひとつ上の、さらに高い効率が見込める仕組みがある。それが、ラプターが採用するフル・フロウ二段燃焼サイクルである。

  • 燃焼試験前のラプター

    燃焼試験前のラプター (C) Elon Musk/SpaceX

前述のように、通常の二段燃焼サイクルでは、1つのプリ・バーナーに燃料すべてと酸化剤の一部(もしくは酸化剤すべてと燃料の一部)を送り込んで燃やし、そのガスで1つのタービンを回し、燃料側と酸化剤側の両方のターボ・ポンプを動かす。

一方、フル・フロウ二段燃焼サイクルでは、プリ・バーナーを燃料側と酸化剤側でそれぞれひとつずつもち、燃料多めのガスで燃料側の、また酸化剤多めのガスで酸化剤側のタービンとターボ・ポンプをそれぞれ動かす。その後両方のガスは、燃焼室へ送り込んで燃やされ、推力を生む。

通常の二段燃焼サイクルよりも複雑な仕組みで、開発や運用は難しく、またプリ・バーナーやタービンが2倍に増える分エンジンも重くなるが、それを補って余りあるほど多くの利点がある。

まず、タービンを駆動するガスのエネルギーは、温度と質量流量というパラメーターで決まる。つまり温度が高いほど、流れるガスの量が多いほど、ガスのエネルギーは大きくなり、タービンを力強く回すことができる。そしてフル・フロウ二段燃焼サイクルは、燃料と酸化剤のすべてをタービン駆動に使うので、それだけ流れるガスの量が多くなり、タービンを力強く動かし、ポンプのパワーを高くできる。それはエンジンの高性能化につながる。

ここで重要なのは、流れるガスの量が多い分、ガスの温度を低くしても、比較的高いエネルギーを保つことができるということである。ガスの温度を下げれば、エンジンの耐久性や信頼性を向上させることができ、安全性や再使用性が高まる。もちろん、エンジンの性能はやや落ちるものの、もともとの性能が高いため、あまり大きな問題にはなならない。

また、それぞれのタービンを回したガス同士が燃焼室で燃えることになるため、液体状態の推進剤同士、あるいは液体とガスの推進剤を混ぜて燃やすほかのエンジン・サイクルと比べ、効率よく燃やすことができ、ここでも従来のエンジンより性能向上が見込める。

さらに、通常の二段燃焼サイクルでは、1つのタービンで、燃料と酸化剤の両方のターボ・ポンプを動かすが、この場合タービン部分で燃料と酸化剤の流路が隣り合っているため、万が一どこかから漏れ、両者が触れあえば爆発し、事故につながる。そのため完全な密閉が必要だが、タービンは回転しており、さらにそこを流れるガスは高温・高圧の状態でもあるため、難しい技術を必要とする。

しかしフル・フロウ二段燃焼サイクルであれば、それぞれの流路が完全に分かれているため、安全性が高い。

こうしたことから、フル・フロウ二段燃焼サイクルは「高性能かつ安全、そして再使用に向いている」という大きな利点がある。つまり月や火星へ、人を乗せて飛行し、なおかつ再使用でコストダウンを目指すスターシップにとっては、まさにうってつけの仕組みである。

  • ラプターとイーロン・マスク氏

    ラプターとイーロン・マスク氏 (C) Elon Musk/SpaceX

試験飛行と火星飛行に向け大きな前進

ラプターの開発状況は断片的にしか発表されていないが、開発開始から現在まで、目標性能の変更や設計変更が繰り返し行われていることがわかっている。それだけ、メタンの扱いや、フル・フロウ二段燃焼サイクルの技術が難しかったということだろう。2016年に試験用エンジンで数秒間のみ燃焼させる燃焼試験が、2017年にはサブスケール・エンジン(実機を縮小したエンジン)の燃焼試験が行われたが、結局さらなる改良が加えられ、今回の燃焼試験が行われた。

今回の燃焼試験後、マスク氏が明らかにしたところによると、今回燃焼試験を行ったエンジンは、完成形、すなわち実際に飛行に使うエンジンだったという。また、打ち上げに必要な推力は170tf(1667kN)と見積もられているが、今回の燃焼試験における推力は172tf(1687kN)と、それを超える結果を残している。

マスク氏は「スーパー・ヘヴィやスターシップを飛ばすのに十分な性能をもっていることが確認できた」としている。

また、燃焼室の圧力が268.9bar(274.2kgf/cm2)に達し、これまでのレコードホルダーだった、ロシアのRD-180エンジンの燃焼圧(261.7kgf/cm2)を超えたことも明かされた。

なお、今回は試験だったために、やや温度が高い推進剤を使ったとし、もし実機と同じ超冷却した推進剤を使えば、性能はさらに10~20%ほど向上するという。

また前述のように、開発速度を上げるため、スーパー・ヘヴィとスターシップに搭載するラプターの仕様は共通化される。ただ、将来的には設計をそれぞれ改良、最適化し、スーパー・ヘヴィに使うエンジンの推力は最大250tf(2452kN)に引き上げるとともに、スターシップに使うエンジンの比推力(効率)は380~382sに達するだろうとしている。

  • ラプターの燃焼試験の様子

    ラプターの燃焼試験の様子 (C) Elon Musk/SpaceX

一方、テキサス州の南端、メキシコ国境沿いにあるボカチカのスペースXの発射場では、スターシップの試験機の建造も進んでいる。この試験機は「スターシップ・ホッパー」や「スターホッパー」などと呼ばれており、実機と同じく直径9mではあるものの、全長は少し短い。またラプターも、実機の7基に対して、試験機では3基のみ装備する。

この試験機は、スターシップの着陸技術を実証するためのもので、到達高度も5kmほどで、宇宙にも行かない。そのため、機体も必要最低限の構造のみで、表面の処理なども徹底されてはおらず、かなりでこぼこしている。

以前マスク氏は、早ければ2019年3~4月にも試験飛行を行うとしていた。しかし1月に、強風にあおられて部品の一部が倒れてしまい、修理には数週間かかるという。それでも、ラプターの燃焼試験の成功と相まって、春から初夏ごろには行われることになりそうである。

このまま試験が順調に進み、ラプター、そしてスーパー・ヘヴィとスターシップが実用化されれば、世界で初めてフル・フロウ二段燃焼サイクルのエンジンが宇宙へ飛ぶことになり、宇宙開発の歴史に新たな1ページを刻むことになる。しかしそれ以上に、人類の月・火星への移住の実現が近づくという、より大きな意味ももっている。

  • 建造中のスターシップの試験機

    建造中のスターシップの試験機 (C) Elon Musk/SpaceX

出典

Elon Musk(@elonmusk)さん | TwitterMars | SpaceX