VSSユニティ

2016年2月19日、ヴァージン・ギャラクティックは、スペースシップツーの2号機を完成させた。2号機の製造はもともと2012年から始まっていたが、1号機の墜落事故を受けて改良が加えられた。この2号機には、物理学者のスティーヴン・ホーキング氏によって、「団結」や「結束」を意味する「VSSユニティ(VSS Unity)」という名前が与えられた。

VSSユニティは同年9月から、まずはホワイトナイトツーと結合したままの状態での試験飛行を始め、12月から単独での滑空飛行を繰り返し実施。2018年4月5日には、VSSユニティにとって初となる、ロケットを噴射しての飛行に成功した。

この飛行での到達高度は25.7kmというものだったが、5月に行われた2回目の飛行では高度34.9kmに、7月には高度52.0kmと、徐々に宇宙に近づいていった。

そして2018年12月14日0時11分(日本時間)、VSSユニティはホワイトナイトツーに吊るされ、開発の拠点があるカリフォルニア州のモハーヴェ宇宙港を離陸。4回目となるロケット飛行試験に挑んだ。

0時59分、VSSユニティはホワイトナイトツーから分離。Mark P. Stucky氏とFrederick W. Sturckow氏の操縦により、その直後にロケット・モーターに点火し、宇宙を目指し飛んでいった。約60秒後にモーターは燃焼を終え、慣性で上昇を続け、やがて高度82.7kmの宇宙空間に到達した。

  • 宇宙に到達したVSSユニティ

    宇宙に到達したVSSユニティ (C) Virgin Galactic

その後、機体は徐々に降下し、分離から約14分後の1時13分には、モハーヴェ宇宙港の滑走路に着陸した。

民間が開発した宇宙船が宇宙に到達したのは、スペースシップワン以来14年ぶり、また宇宙旅行のために開発された宇宙船が宇宙に到達したのは史上初めてとなる。なお、今回はあくまで試験飛行であるため、モーターの燃焼時間は本来より短く設定されており、実際にはさらに長時間燃焼することで、より高い高度に到達できるとされる。

さらに、今回のVSSユニティの船内には、科学実験や技術実験を行うための装置が4つ搭載されており、微小重力環境を利用した実験を実施した。これは米国航空宇宙局(NASA)からの商業的な委託を受けて搭載されたもので、同社にとって初となる"金銭的な利益を生んだ飛行"にもなった。

  • 宇宙から帰還したVSSユニティ

    宇宙から帰還したVSSユニティ (C) Virgin Galactic

宇宙旅行ビジネスの始まり

ブランソン氏はこの飛行後、「今日、歴史上初めて、宇宙旅行のために造られた宇宙船が宇宙に到達しました。宇宙探査の新たな章が開かれた、重大な日です」と語っている。

また、ヴァージン・ギャラクティックとザ・スペースシップ・カンパニーのCEOを務めるジョージ・ホワイトサイズ氏は「今日、私たちは、宇宙ビジネスが21世紀にとって代表的な産業のひとつになることを示す、説得力のある証拠を目撃したといえます」と話した。

彼らのコメントが示すように、今回の宇宙飛行が成功したことで、いよいよ宇宙旅行の始まりが現実味を帯びてきた。

ヴァージン・ギャラクティックは今後の具体的なスケジュールを明らかにしていないが、これからも開発や試験が順調に進めば、2019年中には商業運航が始まることになろう。またスペースシップツーの3号機、4号機の開発も進んでいると伝えられている。

一方、サブオービタル飛行による宇宙旅行を目指しては、Amazon創業者ジェフ・ベゾス氏の宇宙企業「ブルー・オリジン」も、「ニュー・シェパード」と呼ばれる宇宙船の開発を行っている。無人での試験飛行ながら、すでに9回の宇宙到達を果たしており、2019年の前半にも有人飛行を、そしてその後、乗客を乗せた商業飛行の開始を予定している。

軌道には乗らないサブオービタル飛行という形、またその金額もとても庶民には手が出ないものだが、いよいよ夢の宇宙旅行が実現する時代が訪れようとしている。

  • 宇宙船ニュー・シェパード

    Amazon創業者ジェフ・ベゾス氏の宇宙企業ブルー・オリジンが開発している宇宙船ニュー・シェパード (C) Blue Origin

高度82.7kmなのに宇宙?

ところで、VSSユニティが高度82.7kmまでしか達しなかったのにもかかわらず、「宇宙飛行」や「宇宙に到達」と発表されたことに疑問を覚えた方も多いかもしれない。

じつは、「高度何kmからが宇宙か」という定義ははっきり決まっておらず、たびたび論争となっている。

一般的にはよく、高度100kmからが宇宙とされ、この境界を、航空宇宙エンジニアのセオドア・フォン・カルマン氏の名前を取って「カーマン(カルマン)・ライン」とも呼ぶ。きりがいいこともあり、国際航空連盟(FAI)や、前述したアンサリXプライズも、この高度100km以上を宇宙とする立場を取っている。

一方、米軍は高度80km以上を宇宙としており、約半世紀前に実験機「X-15」で高度80km以上に到達したパイロットも、宇宙飛行士と認定し、宇宙飛行士記章 (Astronaut Badge)を授けている。また、NASAでは、かつては高度100km以上を宇宙としていたが、2005年に方針を変え、米軍と同じ高度80km以上としている。

ちなみに80kmというのは、きっかり50マイルでもあるため、ヤード・ポンド法が広く普及している米国にとっては、(100km以上に)きりがいい数字ともいえる。

さらに2018年7月には、天体物理学者ジョナサン・マクドウェル氏が、宇宙の境界について再考する論文を発表。物理的、数学的な観点から、過去に近地点高度が100km以下の軌道を回った衛星が存在したこと、さらにフォン・カルマン氏がもともと宇宙の境界は27万ft(約80km)であるべきと計算していたことなどを論拠とし、宇宙の境界は80kmであるべきと結論づけている。

なお、高度80kmと100kmでは大きな違いに思えるが、実際に見える景色は大差ないという。

このように、高度100kmが宇宙の境界であるという見方は根強いものの、80kmであるとする見方も大きくなっている。現時点ではまだ結論は出ていないが、たとえば「宇宙旅行と聞いていたのに高度80kmまでしか行けなかった」というような苦情が出る可能性を考えると、いずれ法的にはっきりと定義づけしなければならないだろう。

なお、ブルー・オリジンのニュー・シェパードは高度100km以上に到達できる能力をもち、一方のスペースシップツーも、前述のように本来なら高度100kmに到達できるため、仮に定義がどうなろうと、両社が直接的には影響を受けることはなく、むしろ両社に続いてこれから新規参入しようとしている企業にとって、その宇宙船の仕様をどうするか――80kmまでで済ませるのか、100kmまで行くのか――を左右する問題となろう。

  • 宇宙に到達したVSSユニティから見た宇宙と地球

    宇宙に到達したVSSユニティから見た宇宙と地球。高度約83kmでもここまでの光景が見られる (C) Virgin Galactic

出典

Richard Branson Welcomes Astronauts Home from Virgin Galactic’s Historic First Spaceflight - News - Virgin Galactic
Virgin Galactic Flight Test Program Update - SpaceShipTwo Preparing For Fourth Powered Test Flight - Virgin Galactic
SpaceShipOne | Scaled Composites
Press Release - Statement of FAA Assistant Administrator Bailey Edwards on the Successful Virgin Galactic Flight
Jonathan C. McDowell. The edge of space: Revisiting the Karman Line

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info