「スター・ウォーズ」シリーズの最新作「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」を公開を間近に控えた、2017年12月12日(現地時間)、アナキン・スカイウォーカーならぬ、"マネキン・スカイウォーカー"が宇宙旅行に飛び立った。

彼が乗ったのは、Amazon.comの創業者ジェフ・ベゾス氏の米国の宇宙企業「ブルー・オリジン」が、宇宙旅行を目指して開発している、「ニュー・シェパード」というロケットと宇宙船である。ロケットは宇宙空間に到達した後、着陸に成功。そしてマネキンが乗った宇宙船も、宇宙から無事に帰還した。

ブルー・オリジンは数年前からニュー・シェパードの打ち上げ試験を続けているが、今回はロケットも宇宙船も、新しい機体を使った初めての試験だった。

もちろん、同社の本当の目的は、マネキン人形ではなく、実際に人間を乗せて、宇宙旅行を実現することである。そして早ければ2018年から、それが始まろうとしている。

  • 打ち上げを終え、地上に帰還したニュー・シェパード

    打ち上げを終え、地上に帰還したニュー・シェパード (C) Blue Origin

ニュー・シェパードが目指す"サブオービタル"宇宙旅行

ブルー・オリジン(Blue Origin)は、Amazon.comの創業者でCEO、またワシントン・ポスト紙のオーナーとしても知られる、世界有数の大富豪ジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)氏によって立ち上げられた宇宙企業である。

ニュー・シェパード(New Shepard)は、そのブルー・オリジンが開発しているロケットと宇宙船で、誰でもお金さえ払えば宇宙へ行ける、宇宙旅行を実現することを目指している。

ただ、注意が必要なのは、ニュー・シェパードが目指しているのは、いわゆる「宇宙旅行」とはかなり異なるものだということである。

宇宙旅行、あるいは宇宙飛行というと、「2001年宇宙の旅」で描かれていたように、もしくは国際宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士のように、宇宙船で地球を回る軌道に行ったり、宇宙ステーションや月面基地に行ったりするようなものが真っ先に思い浮かぶ。

現在でも、こうした宇宙旅行は、ロシアの宇宙船を利用する形で販売されているが、価格は20~30億円と、とても手が出るものではない。最近の技術を使ったロケットや宇宙船を使っても、億の単位を切ることはない。

そこでニュー・シェパードが狙っているのは、たんに高度100kmの宇宙空間に達したのち、そのまますぐに地球に帰ってくるという形式の宇宙旅行である。地球を回る軌道に乗らないので、「サブオービタル飛行」や「準軌道飛行」などと呼ばれる。

  • ニュー・シェパードとジェフ・ベゾス氏

    ニュー・シェパードとジェフ・ベゾス氏 (C) Blue Origin

軌道に乗るためには大きなエネルギーが必要で、その分ロケットも宇宙船も大型かつ複雑になり、それゆえに高価になる。しかし、ただ高度100kmに行って帰ってくるだけなら、ざっとその10分の1ほどのエネルギーで済むため、ロケットや宇宙船も小型、簡素にでき、結果的に乗客が支払う運賃も、比較的安価(数千万円程度)にできる。

もちろん、地球の軌道に乗らないということは、長い時間宇宙空間に滞在することはできない。ニュー・シェパードの場合、飛行時間は10分程度、そのうち宇宙空間に滞在できるのは3分ほどしかない。それでも、真っ暗な宇宙空間と青い地球を眺めることができ、宇宙船の中は微小重力環境にもなるため、宇宙に行った気分を味わうことはできる。

数十億円の本格的な宇宙旅行と比べれば安価ではあるものの、数千万円という金額は、とても庶民には手が出そうにない。ただ、成功した実業家や芸能人、スポーツ選手などの人の中には興味を示す人も多い。

また、宇宙旅行だけでなく、微小重力環境を利用した、新しい材料の作成や生物への影響の研究など、宇宙実験の需要も多くある。

こうしたことから、サブオービタル飛行は、宇宙ビジネスにおけるひとつの極となるほどの可能性があると予想されている。

  • ニュー・シェパードが目指す、サブオービタル宇宙飛行の図

    ニュー・シェパードが目指す、サブオービタル宇宙飛行の図。地球を回る軌道には乗らず、宇宙まで上がって降りてくるだけのものである (C) Blue Origin

ニュー・シェパードとクルー・カプセル

サブオービタル飛行のために開発されたニュー・シェパードは、他の宇宙ロケットと比べると、ずいぶんとこじんまりとした姿をしている。ブルー・オリジンは秘密主義で知られ、ニュー・シェパードの詳しいスペックを公表していないが、ロケットの全長15m、直径3mほどと見積もられている。

ロケットエンジンも小さなものが1基装着されているのみで、ちょっと頼りない印象も受けるが、高度100kmの宇宙空間に達することのみを考えれば、これで十分である。

このエンジンはBE-3といい、推進剤には効率とメンテナンス性の高さを重視し、液体酸素と液体水素の組み合わせが使われている。また、エンジンを動かす仕組みも、タップオフ・サイクルと呼ばれる、比較的シンプルなものを採用しており、ここでもメンテナンス性が重視されている。

さらに、ロケットは再使用することができるようになっており、安定翼(フィン)や着陸脚をもち、BE-3エンジンも再着火や推力を変えられる能力をもつ。ブルー・オリジンはこれにより、打ち上げコストを抑え、宇宙旅行を宇宙実験より手頃なものにしようと考えている。

ちなみに、よく好敵手扱いされるイーロン・マスク氏の宇宙企業スペースXも、同じようにロケットを再使用することで打ち上げコストの低減を図っているが、スペースXのロケットは人工衛星を打ち上げることを目的としたロケットなので、機体の規模も再使用の難しさも何倍も上である。

  • 着陸するニュー・シェパード

    着陸するニュー・シェパード (C) Blue Origin

ロケットの先端には、乗客を乗せたり、実験装置を載せたりするための「クルー・カプセル」と呼ばれる宇宙船を搭載する。乗員は最大6人だという。

このクルー・カプセルも再使用することができるようになっているが、着陸にはエンジンではなく、パラシュートを使う。下部には使い捨て型の小型の固体ロケットが装備されており、着地の瞬間に噴射することで衝撃を和らげる。

このクルー・カプセルの最大の特長は、なんといっても側面に設けられた大きな窓だろう。ちょっと不安になるほどの大きさだが、これにより乗客は、外の様子を思う存分楽しむことができるようになっている。

  • ニュー・シェパードのクルー・カプセル

    ニュー・シェパードのクルー・カプセル (C) Blue Origin

ニュー・シェパードは2015年に1号機が完成し、4月29日に打ち上げられた。ロケットは正常に上昇し、高度約100kmに到達。クルー・カプセルの分離にも成功した。カプセルは帰還に成功した一方で、ロケットは着陸に失敗し、失われた。

同年11月23日には2号機が打ち上げられ、高度約100kmに到達すると共に、ロケットもカプセルも回収に成功。そして2016年1月22日には、この2号機の改修したのち、2回目の、すなわち"再使用打ち上げ"が行われ、ふたたび回収にも成功している。4月と6月にも2号機の打ち上げ、回収に成功しており、再使用ロケットとしての実力を見せつけた。

さらに10月には、ロケットの打ち上げでトラブルが発生したという想定で、飛行中のロケットからカプセルだけを脱出させる試験が行われた。試験は無事に成功し、カプセルは損傷なく地上に帰還。おまけにロケットも正常に着陸に成功した。

これをもって2号機のロケットは運用を終え、宇宙関連の会議などで展示されるなど、"博物館入り"している。

それから約1年、ブルー・オリジンはニュー・シェパードの打ち上げを行わなかったが、その裏では改良した3号機、4号機の建造が進んでいた。