アップルが3月にシカゴで開いたイベントで発表した「Everyone Can Create」は、教科書とノートを用いるふだんの学校の授業では難しい創造力やコミュニケーション能力を養うことを目的とした、学生向けの無料プログラムです。すでに英語版はリリースされていましたが、11月15日に待望の日本語版がApple Booksで公開されました。

  • 「すべての人があふれるほどの創造性を持っているが、学校ではその力を発揮する機会が限られる」と考えるアップルが提供する、iPadを用いた学生向けの無料プログラム「Everyone Can Create」。日本ではiPadの所有率が高いこともあり、家庭での利用がメインとなりそうだ

このEveryone Can Create、本来は学校の授業を支援する目的で作られた教師向けのプログラムですが、教師に限らず誰でも試せます。しかも、すべてのコンテンツは無料で公開されているので、iPadやApple Pencilのある家庭で子どもと親が楽しむのにも向いています。

「子どもの創造力を豊かにしたい」「今後のビジネスシーンで欠かせないコミュニケーションなどのスキルを子どもに身につけさせたい」と考える親にとっても注目すべきEveryone Can Createの魅力を、日本語版のプログラムで改めてチェックしたいと思います。

既存の授業のプラスにつながる

Everyone Can Createは、電子書籍アプリ「Apple Books」(旧iBooks)で提供される電子書籍で、「写真」「音楽」「スケッチ」「ビデオ」の4種類のプロジェクトガイドと、教師や親など指導する立場の人に向けたガイドブック「教師用ガイド」で構成されます。

  • 4種類のプログラムは無料で入手できる。白い表紙は教師用のガイドブックだ

それぞれは、iPadやApple Pencil、「iMovie」「GarageBand」などの無料アプリを用いてさまざまなものを実際に作り出すことで、創造力を養ったり理解を深める内容になっています。例えば、写真のプログラムには「写真でキャラクターを作る」というセクションを用意。身の回りにあるものを撮影し、手描きで顔やセリフなどを書き込んで擬人化するという内容です。

  • 写真のプロジェクトガイドの例

  • スケッチのプロジェクトガイドの例

  • 教師用のガイドブックには、指導のヒントなどがまとめられている

これだけだと単なる遊びやiPadの活用だけのように見えますが、実はそうではありません。擬人化することで1枚の写真にどのようなストーリーを生み出すかを考えることで国語の能力が養えるほか、撮影した岩石や植物、工業製品などの特徴を調べて理科の能力が養えるなど、既存の授業のプラスになるよう工夫されているのです。

さらに、個人ではなくチームで1つの課題に取り組むことで、自分の考えを伝えることや、相手の気持ちを察することなど、コミュニケーション能力やチームワークも養えます。

自宅で親子一緒にやってみたい

前述の通り、Everyone Can Createはもともと学校向けに開発されたプログラムですが、日本の学校(特に公立の学校)においては時間的な制約があったり、生徒用のiPadを用意する予算が確保できるのか…といった課題があるなど、Everyone Can Createを用いた授業をすぐに実施するのが難しいところが多いとみられます。

そこで、自宅にiPadがあるならば、今すぐ親子で楽しんでみるのがおすすめです。子どもと一緒にチャレンジしていくうちに、親も仕事で役立つスキルが身につくでしょう。子どもだけでなくシニアにも向くプログラムだと思いますので、年末年始に帰省した際にレクチャーしてみるのもおすすめです。

  • 通っている学校で始まるのを待つことなく、ぜひ親子で取り組んでみたい

Everyone Can Createは、Apple Booksが利用できるiOS 12に対応した新旧のiPadで利用できます。ただ、手描きでいろいろな作業をする機会が多いので、Apple Pencilに対応しているiPadを利用するのがベター。デザインや使い勝手を一新した新しいiPad Proが理想的ですが、もっとも安いものでも89,800円(税別)とちょっと高めなので、37,800円(税別)で購入できる2018年モデルのiPad(第6世代)がおすすめです。

  • Apple Pencilに対応したiPadとしては、もっとも低価格な2018年モデルの第6世代iPad

IT技術のさらなる発展やAI技術の進化を受け、現在の子どもが社会人になるころには存在しなくなる職業があるといわれています。生き残る職業でも、コミュニケーションやクリエイティビティの能力がより重視されるのは間違いないとみられています。そのような将来を迎えるにあたり、それらの能力が楽しく養えるEveryone Can Createは有用な存在として注目できそうです。

答えをズバリ用意しないのがアップルらしい

Everyone Can Createが発表された3月のシカゴのイベントを取材した編集部の稲葉雅己に、どんな印象を持ったかを聞いてみました。

  • Everyone Can Createは、アップルが3月にシカゴで開いたイベントでお披露目された

まず感じたのが、各地のApple Storeで実施している「Field Trip」を教室まで延長しますよ、ってことかな。

それから、Apple Booksで提供される4種類のプロジェクト・ガイドと教師用ガイドの両方とも、あくまでヒントしか書いていなくて、答えは用意していないのがアップルらしいと感じた。生徒と教師それぞれの創造性が発揮できる構成になっているなって。知識は上から下へと流れていくのではなくて、自分自身の成長のために自発的に学ぶのだ、という思想ね。

結局のところ、創造的に生きられるかどうかはその人次第じゃない。だから、Appleも慎ましく「創造的な授業のアイデア」までしか提供しないんだよね。それ以上やると、結果として人々の創造性を奪ってしまうのをちゃんと理解している。「学ぶ」ってことの入り口までは生徒を連れてきてくれるけれど。

オレ、好きな映画に『マトリックス』があるんだけど、モーフィアスって登場人物の「入口までは案内した、扉は自分で開け」ってセリフを思い出した(笑)。

あと、アップル本社のある米国は、学校以外での教育のあり方を思索、実践するオルタナティブ教育の考えが広がっていて、学校に行かずに家庭で学習するホームスクーリングが実質的に認められてるんだよね。だけど、ホームスクーリングで教育を受けていると、どうしてもソーシャルスキルが弱くなりがちになる。

Everyone Can Createの教師用ガイドの冒頭には、「実世界との関わり」「コミュニケーションと制作」「チームワーク」「批判的思考力」「一人ひとりに合った学習」の5つの要素が掲げられている。いずれも、ホームスクーリングの弱点をしっかり補うキーワードなんだよね。

Everyone Can Createは、日本でも増えている不登校の生徒に対しても有効な面があると感じる。