質量はこれからどのように定義されるのか

ところで質量はm=hf/c2で決定される。アインシュタインの特殊相対性理論からE=mc2であり、質量mと光の速度cの2乗で求められる。また、E=hfでもあり、hはプランク定数、fは光の振動数であることから、光の速さと振動数は決まっているので、プランク定数を決定すれば質量mが導き出されることとなる。

また、プランク定数が決まればアボガドロ定数も自動的に導き出される。つまり、電子1個あたりの質量は導くことが可能であり、電子と任意の原子の質量比は高精度で分かっているため、アボガドロ定数を基準として、非常に多数の原子の質量として1kgを表現できるということとなる。

そのため、プランク定数、アボガドロ定数のいずれで定義しても等価となるわけで、それぞれが独立に測定して、それらを整合すればより高い信頼性のもとに定義の改定にのぞめるということとなるわけである。

新定義決定に向けたこれまでの動き

定義の改定に向けた動きとしては、2011年。メートル条約加盟国が参加して4年に1度開催される国際度量衡総会にて国際単位系の見直しの提案をはかり、具体的な期限を定めず、世界の関係機関に研究の加速が要請されることとなった。

さらに次の総会が開催された2015年には、キログラムのほか、モル、アンペア、ケルビンの4つの基本単位の改定を次回の総会に向けて準備すること、ならびに前回の決議を追認し、具体的なロードマップを示すことが決まり、同年の国際度量衡委員会決議として、2017年7月1日までに公開されたデータを対象とし、キログラムの改定作業に移ることが示された。

2017年12月、各国の委員が集まり、それまでに公開された各国研究機関の比較検討を実施。ここまで精度が出ていれば、問題ないという判断となり、最終的な承認に向けた動きとなった。

新たなキログラムの計測を実現したのは4か国のみ

新たなキログラムの計測を実現した研究機関は日本、ドイツ、米国、カナダの4国のみ。この内、日本とドイツがプランク定数の測定で、米国とカナダがアボガドロ定数の測定で、それぞれ高い精度を実現した。実際に公開されたデータは7件。そのうち日本は3件に関与しており、うち1件は日本単独のデータである。

  • 同位体シリコン球の測定のための装置
  • 同位体シリコン球の測定のための装置
  • 同位体シリコン球の測定のための装置
  • 同位体シリコン球の測定のための装置
  • 同位体シリコン球の測定のための装置。上段ならびに下段左が分光エリプソメーター。下段右がX線光電子分光法システム。日本が高精度測定を実現できた背景には、産総研が時間周波数標準の維持や管理も行なっている機関であること、そして測定を行なった実験室の直下に、たまたまそうした装置があり、そこから超正確な光信号を受け取ることができたことといったことが挙げられるという。そのため、今回の成果は、手広い分野に対する基礎的な技術の探求を黙々と進めてきた研究機関としての総合的な研究姿勢があったために実現できたものとも言える

こうした長い研究を経て、2018年11月13日~16日に開催される第26回国際度量衡総会(CGPM)にて承認される見通しだ(発効は2019年5月20日予定)。新たな定義に改定される質量であるが、端的に言ってしまえば、普通の人の普通の生活にはまったく影響はない。残念ながら、今日まで重かった体重計が、明日から自動で軽くなる、ということはないのである。だったら、ここまで大騒ぎをする必要もないではないか、という話もあるのだが、キログラム原器の質量に揺らぎが生じた以上、全人類の基準が変化してしまうリスクをそのままにしておくことは、将来的に人類に不利益をもたらす可能性もある。特にナノテク関連の産業や研究分野では、影響がないともいえない可能性もある。

また、今回の4つの基本単位の定義改定により、それぞれの単位の相互性にも変化が生じることとなる。これは分かりづらいが、「キログラムはプランク定数の値を正確に6.62607015×10-34J・秒(Js)と定めることで設定される」ということであり、また「1キログラムは波長633nmの光子の約3×1035個分のエネルギーと等価な質量」ともいえるし、「1キログラムは波長633nmの光子1個が吸収されたときに約1.05×10-27メートル毎秒の速度変化が生じる質量」ともいえるようになり、定義と等価な複数の表現(現示手段)が提供できるようになることを意味する。

お役ごめんのキログラム原器はどうなる?

ちなみに、キログラムの定義が変更されれば、キログラム原器もお役ごめんとなる。そのため、今後は高精度な分銅として、活用されることが予定されているという。また、一般には引き続きそうして計量された標準器などから作られた分銅の提供が続くとのことで、日本国のキログラム原器が、博物館などで一般の人の目に触れることはだいぶ先になりそうである。

  • 副原器(No.30)

    副原器(No.30)

  • 日本国キログラム原器(No.6)

    日本国キログラム原器(No.6)

  • 実験用原器(E59)

    実験用原器(E59)

ちなみに、この定義改定によりキログラム原器を研究対象とすることが可能となるため、どうして質量に変化が生じたのか、といったことを調べたい、という研究者も居るとのことで、今後、そうした研究により、質量に変化が生じた謎の解明がなされる可能性も高いという。

なお、今回のキログラムの定義改定は、現時点の人類が持てる技術の結果によるものである。現在、ヒッグス粒子の発見により、質量の起源に迫れる可能性がでてきた。日本が誘致活動を進めている国際リニアコライダー(ILC)は、そうしたヒッグスの謎の解明に挑むもので、もしILCの建設が実現し、ヒッグス粒子による質量の起源が解き明かされれば、その時は、改めてより高精度なキログラムの定義へと改定がなされるかもしれない。