横浜市では今、「イノベーション都市・横浜」を宣言し、産学公民の連携基盤となる「横浜未来機構」を中心にスタートアップ企業の支援に注力している。では実際、起業家たちはそのサポートをどのように活かし、自らの発想を新たなビジネスへと昇華させているのだろうか。
今回は、スマートフォンの画面を見ず目的地に到着できる音声ナビゲーション&ガイドサービス「LOOVIC(ルービック)」を提供するLOOVIC社 代表取締役の山中享氏にお話を伺った。
空間認知が苦手な人に寄り添う“コンシェルジュ”
LOOVICはスマートフォンのGPSと連動した、音声によるナビゲーション&ガイドサービスだ。誰かのために自らがナビガイドをつくり、届けたい人に声を届ける。届いた人は、耳空きのイヤホンから聴こえる音声に従って景色を見ながら案内されるため、画面を見ないで移動することも可能だ。例えば、駅から自宅までの道案内を吹き込んで作成しておき、来客のためのナビガイドにする、といった使い方が考えられる。山中氏はこのサービスを「コンシェルジュのようなもの。全てを頼り切るのではなく、そっと優しく支援してくれる存在」だと説明する。
では、このサービスのアイデアはどこから生まれたのか。
「発端は、“安全”の意識から始まっています。元々、私の子どもは空間認知が苦手だったため、自立のためのトレーニングを要しました。空間認知が苦手な場合、スマホなどの画面を見ながら移動すると、周りへの注意力が下がり周囲の危険に気付かず、事故に遭いやすくなったりします。そこで『景色を覚えてもらうための音声支援のサービス』というアイデアが生まれました」(山中氏)
このアイデアをかたちにすべく、同氏は大学院でアート思考を含めた、ビジネスの思考方法を学んだという。同時に起業家が集まるコミュニティにも所属し、ビジネスのアイデアを磨いていったそうだ。その後、「このアイデアが世の中に受け入れられる」と確信したことから、2021年5月、都内にLOOVIC社を設立した。
実証実験を重ね、より良いサービスを
山中氏らは今、LOOVICをよりブラッシュアップするための実証実験を積み重ねている。これまで20カ所以上で実験を行い、LOOVICを体験したユーザーは総数で1000名を超えた。ユーザーは研究開発の対象となる層と一般利用者層の2つに分けて検証しているそうだ。元々は空間認知が苦手な人から研究開発をスタートしたサービスだが、現在は幅広い人々に使ってもらうかたちを目指している。
「大は小を兼ねるイメージですね。サービスの許容量を増やすことで、利用者の不便さを解消し、空間認知が苦手な人でもより使いやすくなります。歩いたときのナビゲーションだけでなく、電車やバスを使った場合はどうかといったところも検証を続けています」(山中氏)
壁打ちはAIよりも人
会社設立から2年後の2023年、山中氏は「横浜ビジネスグランプリ2023~YOXOアワード」への応募を決めた。会社設立前の個人事業主時代に横浜を拠点としていた同氏は、横浜市が運営するベンチャー企業成長支援拠点・YOXO BOXでの起業家同士のコミュニティに参加しており、その関係者からの誘いがきっかけだったという。結果、優秀賞に輝き、LOOVIC社の拠点も東京から横浜へ移すことになった。
「横浜市には、YOXOのコミュニティだけでなく、神奈川県のスタートアップコミュニティなどもあります。コミュニティは横の関係が広がり、何かあったときに助け合える存在です。コミュニティに積極的に参加していれば、アクセラ―レータープログラムや助成金のプログラムも見つけやすくなります。
もちろんいろいろな考え方があり、外に出ないという人もいますが、外に出ていけば、相談し合えたり、YOXO BOXでメンタリングを受けたりする機会にもなる。ビジネスのアイデアを壁打ちする相手がいるという点では、外に出た方が良いと考えています」(山中氏)
壁打ちと言えば、昨今はChatGPTなどのAIサービスもある。「AIと人では壁打ちも違うのか」と山中氏に尋ねると、「AIは無難な答えしか返ってこない。FAQの最適な答えを出すという点ではAIは適しているが、対話する側の人が持つ背景や個性は見えないので、会話はそれほど深くならず、アイディエーションは出てこない」と答えてくれた。
グローバル展開を掲げ、邁進
山中氏は「2026年にグローバルに出ていく」と意気込む。音声によるナビゲーションとガイドというサービスは海外にもあまりないため、この分野を深掘りしていくことで、「移動社会が変わるような、新しいシステムになっていきたい」のだと語る。
「技術としては拡張性が高いので、この強みを生かしたアライアンスを組んでいきたいと考えています」(山中氏)
一方で課題もある。同氏曰く、「今足りないものは“全て”」。分かりやすいところで言えば、資金だ。資金調達のためには、より使いやすいサービスにする必要があり、それにはエンジニアなどの人材が欠かせない。一方で、資金がなければ、人材の確保も難しい。この悪循環を抜け出すべく、「まだまだ道半ば、今後も事業検証を継続していく」と語る。
「誰もが外に出ていく機会があります。その際、調べものをする、誰かのお薦めを見るといったことは、外出時に必ずあるシーンです。LOOVICはその人と一緒に外出しているように街の良さも感じながら移動できるサービスであり、コンシェルジュのような存在。利用者と、ガイドやコンシェルジュのような関係性はこの先も永遠になくならないでしょう。
私たちはLOOVICを、全てを頼り切る対象ではなく、そっと優しく支援するような存在にしたいと考えています。困ったときは支援するが、過度ではないところを目指して、これからも事業を成長させていきます」(山中氏)