カシオ計算機は、G-SHOCK誕生35周年企画のひとつとして、G-SHOCK初代モデル「DW-5000C」(1983年発売)と、そのデザインを受け継ぐ「DW-5600C」(1987年発売)の2機種を対象に、ベゼル、バンド、電池交換をセットにしたサービスを実施する。

  • DW-5000C

    DW-5000C

  • DW-5600C

    DW-5600C

料金は9,800円(税別)と、代引き手数料+返却送料の800円(税別)。申し込みは専用サイトで受付け、期間は「2018年11月1日午前9時~2019年1月30日」となる。なお、対象は上記の2機種、かつブラックベゼルでロゴの色埋めがグレーのモデルのみ。レストア後の防水検査は日常生活レベルで実施される。

サービスの流れは、「専用サイトで申し込み → 時計をカシオに送付 → カシオ側の作業 → ユーザーに返送」となる。必要日数は、時計の送付から2週間程度を予定しているという。依頼が多数だった場合は、それ以上かかる可能性があるとのことだ。また、取り外したベゼルやバンドは返送されない。

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今回のサービスを可能にした新開発の光成型技術について、詳しく取材してきたので、ご紹介しよう。

すでに金型が存在しないベゼルを製造する!

訪れたのはカシオビジネスサービス株式会社。カシオ計算機のグループ会社で、施設管理や物流、販売店のための保守部品管理や部品受注、リサイクルなど数多くの事業を手がけている。今回のレストアサービスで使用するベゼルもここで製作される(ただし、組み付けや電池交換などは別の場所で行われる)。

DW-5000CとDW-5600Cのベゼルは共通なのだが、どちらの金型もすでに存在しないため、通常の射出成型ではなく、新開発の光成型技術を用いて製作されるという。

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    カシオビジネスサービス加工技術科の注型室。ここで、対象のベゼルパーツを製造

光成型技術は、通常、パーツの試作などに使用される技術。マスターモデルから透明なシリコン型を起こし、これに成型素材を充填して近赤外線で加熱、冷却後に型から取り出して仕上げるというもの。

成型素材には目的によってさまざまなものが使用されるが、今回、カシオはG-SHOCKの製品で使用されているウレタン素材を用いることに、世界で初めて成功。カシオ社内で大切に保管されているDW-5000Cのベゼルをマスターとすることで、すでに金型が存在しないオリジンモデルのベゼル供給が期間限定ながら実現できた。ちなみに、これには約2年間にわたる研究開発期間が費やされているという。

では、ベゼルパーツの光成型製造工程と技術のキーポイントを写真とともに見ていこう。

手順1:光成形を行う型を作る

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    型は2つで1組。左がベゼルパーツの表側を成型する「キャビ型」、右が裏側を成型する「コア型」

マスターとなるベゼルパーツをシリコンに沈め、成型用の“型”を作る。シリコンの型は柔軟で扱いやすく、透明で光を透過できるのも光成型技術に向いている理由だ。ただその一方、型としての耐久性は低く、平均して20個程度を型抜きしたところで使えなくなってしまう。

そこで、あらかじめ型をいくつも作っておくのだそうだ。要するに複製技術なので、マスターとなるベゼルパーツに傷があると、その傷もそのまま再現されてしまう。実は傷のないマスターを見つけることが一番大変だったとか。

手順2:成型素材を充填して光成型機へ

実際の製品で使用されているウレタン樹脂のペレットを、キャビ型に充填。このペレットは、近赤外線での溶け具合や流動性を考慮し、より小さく粉砕した「マイクロペレット」の状態で使用する。ベゼルひとつに使用されるウレタン樹脂の量は約3g。

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    複数用意されたシリコン型。中央と右側の型は成型素材のペレットを充填した状態

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    キャビ側にマイクロペレットを充填

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    左が通常の製品製造に使用するウレタン樹脂のペレット。右は光成型で使用する場合のマイクロペレット。素材としては同じものだ

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    テープでキャビ型とコア型を確実に密着させる

シリコン型を密封した状態で光成型機へセットする。近赤外線をまんべんなく照射して、ウレタンペレットを加熱溶解。型の中の空気を抜いて真空にすることで、型の隅々までにまで注型され、成型不良を抑える。光成型に必要な時間は、平均して5分程度だ。

だが、気温や湿度、型の温まり具合など細かな条件により変わるので、型の状態を確認し、照射具合が足りなければ追加照射。逆に照射しすぎると表面が沸騰して穴が開いたり、材料が変質してしまったりするという。つまり、職人的な肌感覚が求められる、ひとときも目が離せない仕事なのだ。

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    ディーメック社製の光照射成形装置、Amolsys H250

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    型の内部を真空にするためのチューブを接続

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    光成型機に型をセットした状態

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    気温や湿度、パーツ形状などさまざまな条件を考慮して、照射条件をセット

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    光成型機の窓から状態を確認。ペレットが溶けていくのがわかる

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    取り出して、成型の具合をチェック。まだ不足気味とのことで、20秒間の追加照射

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    結果、無事成型完了!

手順3:冷却して脱型

照射が終了したら、冷却用のヒートシンクで型ごと冷却。これには20分ほどかかるという。この間に次の型を光成型機にセット。冷却が完了したら、脱型する。

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    照射終了時には、型の外側が100℃、内部は200℃まで加熱されている。これをヒートシンクで挟み、ファンで冷却

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    コア型を外す

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    シリコン型を歪めて成型品を取り出す。モデラーには見慣れた光景

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    外れました!

手順4:バリを取って仕上げ

脱型した成型品にはバリ(樹脂が型外へはみ出した部分)が出るので、ニッパーやルーターで処理する。ちなみに、カシオはバリを成型品の「内側のみ」に出るようコントロールすることで、表面の整面や仕上げをしなくても済むようにしているのだ。

もちろん、シリコン型だから金型のパーティングライン(合わせ目)も出ない。最小限の工数で美しい外観のパーツを作る。これもまた、今回の技術の大きなポイントなのだ。

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    バリ処理がベゼルの内側だけで済むように型を工夫している

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    バリ処理前(左)と処理後(右)のベゼル

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    左から、バリ処理前のもの、バリ処理をしたもの、さらに、ロゴの色埋めをして完成したもの

G-SHOCKファンの思いに応えたい!

ご覧いただいた通り、工程は「ほぼ手作り」といえる。この、まるで家内制手工業のような手間をかけて、さらに電池とバンドを交換して9,800円(税別)という料金をあなたの会社で実現可能かどうか考えてみてほしい。

おそらく、利益などほぼ出ないはず。では、そこまでしてカシオはなぜこのサービス実施に踏み切ったのか。カシオ計算機の小山睦氏に聞いた。

小山氏「(パーツ保持期限が切れた)古いG-SHOCKの外装は交換できないのか、というお客さまからの要望は以前からありました。G-SHOCKのムーブメントはタフなので問題なく動いているのに、外装が加水分解などで劣化してしまう。

保管状態などにも影響されますが、やはり樹脂としての劣化は避けられません。何とかこの問題を解消できないかと考えていたんです。

そこに今回、製品と同じ素材、同じ外観でパーツを作れるようになったことを受け、やってみようということになりました」

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    組み付け作業などは別の場所で行われる

カシオ広報によれば、この類の問い合わせは月に数十件あるという。でも、それなら期間限定でなくてもいいのでは、と少々意地の悪い質問を投げかけてみた。

小山氏「ベゼルが手作りゆえに、大量生産できないという事情が大きいですね。実は、このサービスにどのくらいのオーダーがあるかも、始まってみないとわかりません。膨大なオーダーが来ると処理しきれないのではないかという心配もあって、とりあえず期間限定でやってみようと。

それと、おかげさまでフルメタルオリジン『GMW-B5000』が非常に好評で、スクエアモデルG-SHOCKの販売体制も特に強化しており、G-SHOCK誕生35周年に絡めた企画にもできる。このタイミングの良さがあればこそ実現できた、という一面もあります。

ご想像の通り、会社としては思い切った判断といえるサービスですが、メーカーとしてG-SHOCKファンとのつながりも大切にしたい。なので、期間限定であってもやりたかったんです」

なんと、いい話ではないか。大切な人からのプレゼント、自分で買った初めての時計といった思い出はもちろん、伝説の初期型オリジンを再び身に着ける満足感や貴重なコレクションの寿命を延ばすなど、今回のレストアサービスには、さまざまなユーザーのニーズがありそうだ。