米国の保険の多くは、ディダクタブルという年間の自己負担上限額が決まっている。たとえば月額500ドルの健康保険であれば、6,000ドル程度が自己負担額の上限となり、それ以上医療費を年間支払わなくて済む。

年間33万円の健康保険料を支払ってなお、医療費の上限が66万円と聞くと、高いと感じられるかもしれない。しかし、例えば出産を米国で経験すると、保険なしで病院にかかれないことがすぐに分かる。

一般的に、病院に1日入院すると、1万ドル(約110万円)かかる。出産の際、長くて3日の入院となり、それだけで3万ドルだ。ここに産婦人科医、麻酔医、看護婦、使った薬代、食事代などが加算され、合計は7万ドル、770万円だった。これが66万円の上限で止まることになるのが、米国における健康保険の役割だ。

しかし、健康保険は改悪が続いている。より多くの人々が保険に加入できるようにするオバマ大統領の政策「オバマケア」は一見、医療へのアクセスのしやすさをより多くの人に拡げているように見えるが、保険会社への規制が強化されたことで、結果として既存の保険加入者の保険料は3〜5割上昇するという事態を招くことになった。オバマケアでは、保険会社の間で競争原理が働いて、保険料が下がるはずになっていたのだが、規制の強化により、逆に寡占が進み、保険料が上がってしまったのだ。そういった状況下では、サービスを維持できないとして個人向けのプランから撤退した保険会社もあったくらいだ。

前述の医療機関にかかるプロセスの問題や健康保険の改悪は、特に大手テクノロジー企業にとって、自前で医療サービスを構築する動機を与えるには十分だったといえる。

Appleは、同社の従業員向けのヘルスケアサービスを提供する子会社「AC Wellness Network」を立ち上げ、高い品質の医療とユニークな体験を、テクノロジーを用いて提供すると説明する。iPhoneを用いて、日常的な健康チェックやアクセスしやすい医療サービスの実現を目指している。

またAmaoznは、ウォーレン・バフェット率いる投資会社Berkshire Hathawayと、JPMorgan Chaseとの協業で、これらの企業の従業員120万人向けの医療サービスを提供するシステム構築に動き出した。

これにはハーバード大学の外科医でThe New Yorker誌のスタッフライターを務めるAtul Gawande氏をCEOに迎えている。Gawande氏はヘルスケアに関する著書などで尊敬を集める人物で、6月の任命を機に、それまでの仕事を全て辞め、新しいヘルスケアシステムの構築に専念するという。

Amazonら3社の協業は、従業員向けのサービスを実現し、全米のモデルとなることを目指しているが、サービス内容に関しては明らかになっていない。ただ人々が、Amazonがこれまで小売業界で起こしたような破壊的イノベーションが、医療の世界でもと夢見るだろうことは想像に難くない。

その3社連合にAppleがどう対抗していくかも注視したいところである。

松村太郎(まつむらたろう)


1980年生まれ・米国カリフォルニア州バークレー在住のジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「LinkedInスタートブック」(日経BP刊)、「スマートフォン新時代」(NTT出版刊)、「ソーシャルラーニング入門」(日経BP刊)など。ウェブサイトはこちら / Twitter @taromatsumura