油断を許さぬ開発

今回の宇宙飛行士の発表は、NASAの新長官であるジム・ブライデンスタイン氏をはじめ、スペースX、ボーイングの上役などが出席し、2011年のシャトル引退から続く、ロシア依存の終わりに向け、華々しく催された。

しかし、いまなおスペースXもボーイングも、開発において多かれ少なかれ問題を抱えており、本当に2019年に、ロシア依存に終止符を打てるかどうかはまだわからない。

Ars TechnicaやNASASpaceflightなどが伝えたところによると、NASAのASAP (Aerospace Safety Advisory Panel、航空宇宙安全諮問パネル)が7月26日に開催した会合で、両社に対して懸念が示されたという。ちなみにASAPとは、NASA長官の諮問機関で、NASA外部の有識者から構成され、安全性検討や運用計画に関する諮問事項に対して審査することを目的とした組織である。

両社のうち、とくに大きく懸念されているのはボーイングである。同社は6月に、スターライナーがロケットから脱出する際に使うエンジンの試験で事故を起こしている。その後の調査で、バルブに問題があった可能性が高いことがわかったとしているが、まだ原因究明が続いており、今後の改善策や、それが運用やスケジュールに与える影響はまだ未定だという。

  • ボーイングが開発しているCST-100「スターライナー」宇宙船の想像図

    ボーイングが開発しているCST-100「スターライナー」宇宙船の想像図 (C) NASA/Boeing

一方、スペースXについては、進捗状況はもちろん、安全性に対する考え方や取り組み方、情報の出し方などが優れているとして、好意的に評価されているという。

もっとも、スペースXもまた、やるべきことがまだ残っている。たとえばクルー・ドラゴンを打ち上げる「ファルコン9」ロケットは、2016年に地上での試験中に爆発事故を起こしている。このときの原因は、2段目にある「COPV」というヘリウム・タンクに問題があったことがわかっている。その後スペースXは、COPVの改良と試験を繰り返し行っており、その過程はASAPも高く評価しているものの、まだ審査が終わったわけではない。

また、クルー・ドラゴンが帰還時に使うパラシュートの展開装置についても、かねてより他の宇宙船などで使用実績のある企業の製品ではなく、別の企業をものを使うことになったため、改めて審査が行われている段階にあるという。

ボーイングはもちろん、スペースXも、現時点での予定からさらにスケジュールが遅れる可能性はまだ残っている。

  • スペースXが開発している「クルー・ドラゴン」宇宙船の想像図

    スペースXが開発している「クルー・ドラゴン」宇宙船の想像図 (C) NASA/SpaceX

ふたたび米国の地から、米国の宇宙船で、米国の飛行士が飛び立つ日

また以前お伝えしたように、7月11日には、米国会計検査院(GAO)も、両社とも安全基準の認証が遅れ、有人飛行の実現が大きくずれ込む可能性を指摘する報告書を発表。スペースXは2019年8月~2020年11月まで、ボーイングも2019年5月~2020年8月まで、認証取得がずれ込むだろうとしている。

また、米国が購入しているソユーズの座席は、2019年11月までの分しかなく、いまから追加購入しようとしても間に合わない。クルー・ドラゴンとスターライナーのどちらかが、2019年11月までに商業ミッションを行うための認証を取得できなければ、米国の宇宙飛行士がISSに訪れることができない事態が発生する(詳しくは以前の記事『スペースXの「ドラゴン」宇宙船、近づく打ち上げと立ち込める暗雲 (2) 開発の遅れと、ISSから米国の宇宙飛行士がいなくなる可能性』を参照のこと)。

この報告書が公開された際には、NASAは、ISSの運用スケジュールを調整し、2019年11月に予定されているソユーズの帰還を延期したり、あるいは認証前の有人での試験飛行を利用して宇宙飛行士をISSに輸送したりなど、いくつかのオプションを検討しているとされていた。もちろん、どちらの場合でもそれなりのリスクがあり、解決は簡単ではない。

今回の宇宙飛行士の発表では、これについては触れられなかったが、さらなる遅れの可能性がまだ消えていない以上、いまなお検討が続いていると思われる。

宇宙開発において遅れは珍しいことではない。とくに、民間主導で有人宇宙船を開発するというきわめて野心的なことをやろうという以上、遅れは当然ともいえよう。しかし、ここまでの遅れが出ることを見込めず、NASAの宇宙飛行士がISSに行くことすらできなくなるかもしれない状況に陥りつつあるのは、NASAの落ち度であろう。

とはいえ、計画は前に進み続けている。まだ前途は多難だが、米国の地から、米国の宇宙船で、米国の宇宙飛行士の打ち上げが再開できる日は近い。そして民間宇宙船による宇宙飛行が実現し、ひいては宇宙旅行が実現し、宇宙が人類の活動圏になる日も夢物語ではなくなりつつある。

  • クルー・ドラゴンを打ち上げるファルコン9ロケットの想像図

    クルー・ドラゴンを打ち上げるファルコン9ロケットの想像図 (C) SpaceX

補記:今回選ばれた宇宙飛行士

スターライナーの有人試験飛行(Boe-CFT)に搭乗する飛行士

エリック・ボー(Eric Boe)

1964年生まれ、53歳。米空軍大佐。空軍で戦闘機パイロットとテスト・パイロットを務めたのち、2000年にNASAの宇宙飛行士に選ばれた。2008年にSTS-126でパイロットとして初の宇宙飛行。2011年には、ディスカヴァリーにとって最後の飛行となったSTS-133にパイロットとして搭乗した。

クリストファー・ファーガソン(Christopher Ferguson)

1961年生まれ、56歳。米海軍の退役大佐。1998年に宇宙飛行士に選ばれた。2006年にSTS-115のパイロット、2008年のSTS-126ではコマンダー(船長)を務めた。そしてスペース・シャトル最後のミッションとなったSTS-135でもコマンダーを務めた。その後、2011年にNASAを退職し、ボーイングに入社。同社のスターライナーの開発を行う部門の責任者を務めている。今回のミッションでは"NASAの宇宙飛行士"ではなく、"ボーイングの宇宙飛行士"として参加する。

ニコール・オーナプー・マン(Nicole Aunapu Mann)

1977年生まれ、41歳。米海兵隊中佐。F/A-18戦闘機のテスト・パイロットを務め、さらに25種類以上の航空機によって2500飛行時間以上の経験を持つ。2013年に宇宙飛行士に選ばれ、今回が初の宇宙飛行士となる。

スターライナーの初の商業飛行ミッションに搭乗する飛行士

ジョシュ・カサダ(Josh Cassada)

1973年生まれ、45歳。米海軍中佐。海軍ではテスト・パイロットとして、40種類以上の航空機で計3500飛行時間を超える実績を持つ。2013年にNASAの宇宙飛行士に選ばれ、今回が初飛行となる。

スニータ・ウィリアムズ(Sunita Williams)

1965年生まれ、52歳。米海軍退役大佐。海軍時代はテスト・パイロットとしてさまざまな航空機に搭乗した。1998年にNASAの宇宙飛行士に選ばれ、2007年にSTS-116で初飛行し、第14/15次長期滞在クルーとしてISSに滞在。2012年にはロシアのソユーズTMA-05MでふたたびISSを訪れ、第32/33次長期滞在クルーを務めた。宇宙での合計滞在日数は322日、船外活動の回数は7回にもなる。

  • ボーイングのスターライナーに搭乗する宇宙飛行士たち

    ボーイングのスターライナーに搭乗する宇宙飛行士。左から、マン飛行士、カサダ飛行士、ボー飛行士、ウィリアムズ飛行士、ファーガソン飛行士 (C) NASA

クルー・ドラゴンの有人試験飛行(SpX-DM2)に搭乗する飛行士

ロバート・ベンケン(Robert Behnken)

1970年生まれ、48歳。博士(工学)、米空軍大佐。空軍の飛行テスト・エンジニアとして務めたのち、2000年に宇宙飛行士として選抜。2008年のSTS-123と2010年のSTS-130に搭乗し、計6回、通算37時間以上の船外活動を行った。

ダグラス・ハーレイ(Douglas Hurley)

1966年生まれ、51歳。海兵隊の退役大佐で、元はテスト・パイロットだった。2000年に宇宙飛行士に選ばれ、NASA入り。2009年にSTS-127でパイロットを務め、シャトル最後のミッションとなったSTS-135でも、ファーガソン飛行士の指揮の下、パイロットを務めた。

クルー・ドラゴンの初の商業飛行ミッションに搭乗する飛行士

ヴィクター・グローヴァー(Victor Glover)

1976年生まれ、42歳。米海軍中佐。テスト・パイロットとして、40種類の飛行機で3000飛行時間以上の経験を持つ。軍人として戦闘も幾度となく経験もしている。2013年に宇宙飛行士に選ばれ、今回が初飛行。

マイケル・ホプキンズ(Michael Hopkins)

1968年生まれ、49歳。米空軍大佐。空軍では飛行テスト・エンジニアを務め、2009年に宇宙飛行士として選抜。2013年にソユーズでISSを訪れ、第37/38次長期滞在クルーとして滞在。2回の船外活動も行っている。

  • スペースXのクルー・ドラゴンに搭乗する宇宙飛行士たち

    スペースXのクルー・ドラゴンに搭乗する宇宙飛行士。左から、ベンケン飛行士、ハーレイ飛行士、ホプキンズ飛行士、グローヴァー飛行士 (C) NASA

参考

NASA Assigns First Crews to Fly Commercial Spacecraft | NASA
ASAP reviews Boeing failure, positive SpaceX success ahead of Commercial Crew announcement - NASASpaceFlight.com
NASA’s Commercial Crew Program Target Test Flight Dates - Commercial Crew Program
NASA Assigns First Crews to Fly Commercial Spacecraft | NASA
Commercial Crew: Meet the Flight Test Crews - YouTube

著者プロフィール

鳥嶋真也(とりしま・しんや)
宇宙開発評論家。宇宙作家クラブ会員。国内外の宇宙開発に関する取材、ニュースや論考の執筆、新聞やテレビ、ラジオでの解説などを行なっている。

著書に『イーロン・マスク』(共著、洋泉社)など。

Webサイトhttp://kosmograd.info/
Twitter: @Kosmograd_Info