仏CEA(原子力および代替エネルギー庁)付属の国立研究機関Leti(Laboratoire d'électronique des technologies de l'information:電子情報技術研究所)は、CEAとフランスUniversity Grenoble Alpesが共同設立した基礎科学研究機関であるInac(Institut Nanosciences et Cryogénie)と共同で、将来の量子コンピュータの基本要素である量子ビットをCMOSプロセスの製造ラインで大量生産できる、基本的なプロセス技術を開発したと3月20日(欧州時間)に発表した。

高純度同位体28Si薄膜を300mmウェハ上に成長

研究チームは、Letiがグルノーブルに所有する300mmシリコンウェハを用いたCMOSデバイス試作ラインにて、CVD(化学的気相成長)によって分離精製された高純度同位体28Siの薄膜堆積に成功したという。これにより、一般的なシリコンで作られた薄膜に匹敵する結晶品質を有する高純度なシリコン同位体28Siを使用したシリコン薄層内に量子ビットを形成することが可能になり、300mmシリコンウェハ上に量子プロセッサを形成し、それを用いた量子コンピュータの実現への研究開発の道を拓いたと研究チームは説明している。

  • CEA-Letiの300mm CMOS試作ライン内部の様子
  • CEA-Letiの300mm CMOS試作ライン内部の様子
  • CEA-Letiの300mm CMOS試作ライン内部の様子(フランス・グルノーブル市)。STMicroelectronicsの次世代半導体研究開発にも使われている本格的な半導体ファブである。なお、写真の作業風景と、今回の量子ビット研究は直接関係していない (画像提供:CEA/Leti)

具体的には、CMOSプラットフォームにて核スピンフリーシリコンを利用することを目指し、ガスメーカーであるAir Liquideからシリコンプリカーサとして、核スピンを有する29Si同位体の含有量が0.00250%以下かつ、核スピンを有しない28Si同位体純度が高くなるように精製されたシランガスを使用したとする。29Si同位体は天然シリコン中に4.67%存在し、量子ビットのコヒーレンス時間を制限してしまう核スピンを有する安定同位体のシリコンであることから、量子ビットを正常動作させるためには徹底的に除去する必要があるためだ。

この精製シランプリカーサを用いて積層された300mmウェハ上のCVD成長層を二次イオン質量分析(SIMS)にかけたところ、29Si含有割合は0.006%未満、30Si含有割合が0.002%未満で、28Si含有割合が99.992%を超えていることを確認。また、積層されたCVDエピ膜の表面が原子スケールでフラットであることも原子間力顕微鏡法(AFM)、ヘーズおよびX線反射率測定によって確認されたとする。

300mmファブで量子ビットを高集積化

Inacの研究ディレクターであるMarc Sanquer氏は「天然シリコンの代わりに純度の高い同位体28Siを使用することは、シリコンスピン量子ビットの忠実度を最適化するために不可欠である。天然シリコンでは核スピンを持つ原子が一定量存在するため、スピン量子ビットの忠実度は小さくなってしまう。しかし、スピン量子ビットの忠実度は核スピンがゼロの28Siを使用することで向上する。我々は、CEA-Letiの300mm CMOS試作プラットフォームで製作された量子ビットでこれを確認する予定である」と述べている。

量子ビットは量子コンピュータの基本的な要素であり、さまざまな材料で実現可能であるとされている。しかし、高集積化を図ろうとすると、その選択枝は限られたものとなるという。シリコンスピン量子ビットは、微小サイズで、かつ半導体産業になじみのあるCMOSプロセスと相性が良いため、将来の量子ビットの高集積化という点で、ほかの材料に対する優位性があるとする。

電子スピンを用いた最初の量子ビットが報告された2012年以降、同位体分離で高純度に精製された28Siの導入は、スピンコヒーレンス時間の増加をもたらし、その結果、量子動作の忠実度の向上が果たされるようになってきた。

なお研究チームはこれまでにも、300mm SOI CMOSプラットフォームのプロセスを用いて量子ビットを実現する可能性に関する論文を「Nature Communications」にて報告していたが、今回の研究成果についても「Nature PJ Quantum Information」に「Electrically driven electron spin resonance mediated by spin-valley-orbit coupling in a silicon quantum dot」というタイトルで発表し、SOIトランジスタ中の電子のスピンは、電気信号によって操作できることを報告。これにより、高速でスケーラブルなスピン量子ビットを実現することが可能になったとしている。

また、CEA-Letiのシリコンコンポーネント研究部門の研究技術者のLouis Hutin氏は、「実用的で役に立つ量子プロセッサを実現するためには、標準的なマイクロプロセッサの製造と同様に、量子ビットのバラつきや再現性、電荷を高精度に制御する技術開発などに取り組まなければならない」と述べており、今後、300mmウェハファブにおける、CMOSプロセスをベースとした量産可能なスピン量子ビットの製作につながる可能性を示唆している。

  • 量子プロセッサを製作するための300mmシリコンウェハのイメージ図

    量子プロセッサを製作するための300mmシリコンウェハのイメージ図 (画像提供:CEA/Leti)