ソフトバンクグループの半導体IPベンダである英Armの日本法人アームの内海弦 社長が、去る1月17~19日に開催された第47回 ネプコンジャパンにおいて「真のスマート社会に向けたArmの取り組み」と題して講演し、Armの現状と今後の戦略について語った。

Armは、1990年にAdvanced RISC Machinesの社名で英国で発足したが、1998年にロンドンで上場するに際してそれぞれの頭文字からARMに社名変更した。しかし現在、そのような言葉で表現されるような狭い範囲の企業から脱皮しようとしており、それをはっきりさせるため、2017年にコーポレートのロゴを従来の大文字によるARMか小文字のarmへと改めたという。

半導体IP市場は現在4000億円規模で、そのうちArmが約5割のシェアを握っている。2位はSynopsisながらシェアは1割台、3位のImagination Technologies(IMG)以下のシェアは1桁台(数%)であり、内海氏は、「半導体IP市場は、多くの人が思っているよりはるかに小さく、半導体産業全体の1/100の規模に過ぎない」と説明している。

ただし、Armベースの半導体チップが最初の500億個を出荷するに22年(1991年~2013年)かかったが、次の500億個の出荷にはわずか4年(2014年~2017年)しかかからなかった。累積1000億個のデバイスが出荷されるのに26年かかったわけだが、次の1000億個が出荷されるのは4年程度(2018年~2021年)とみられており、出荷額は右肩上がりである。そのため、Armは、もっとも成功したコンピュータアーキテクチャといわれている。

Armを買収したソフトバンクグループの孫正義 会長は、2030年ごろまでに1兆個の出荷を目指すとしているが、そのころには、世界中のあらゆるモノにArmベースの半導体チップが組み込まれることになるだろうし、孫氏はそれを見越してArmを買収したといわれている。

  • Armベースの半導体チップの出荷個数の推移

    Armベースの半導体チップの出荷個数の推移。すでに1000億個が出荷されており、右肩上がりの状況を呈している。ソフトバンクグループの孫正義会長はArm買収時に「すべてのモノがIoTでつながれ、1兆個のIoT機器にArmアーキテクチャが採用されるようになる」と述べている (出所:アーム)

内海氏は「Armは2010~2015年にスマートフォンブームで大ブレイクして売り上げを伸ばしたが、実際にはスマートフォン以外でもx86との互換性を必要としないところに多く採用されている。例えば、すべてのデジタルテレビにはArmコアの半導体が複数個使われているし、デジタルカメラ、MFP、携帯ゲーム機、オフイス事務機などにも広く使われている。Armは宣伝しないのでこの事実を知らない人が多い。マイコンについては、4ビットや8ビットなどのレガシー製品には伝統的に他社のアーキテクチャが採用されているが、新しく設計されたものの多くはArmアーキテクチャになってきている」と語った。

長期保守を実現するArmのビジネスモデル

内海氏は自社のビジネスモデルについて、「イニシャルコストであるライセンス(使用許諾)と印税に相当するロイヤリティ(知的財産権)の2段階になっている。まず、Armから半導体製造会社へ、その設計図(IP)の利用を許可する段階で、契約料としてライセンス料を徴収し、さらに、半導体が生産され出荷されるたびに、ロイヤリティ(半導体チップ単価の数%程度)をいただいている。つまり、成功に応じて支払っていただくという成功共有型のビジネスモデルということである。『2重どり』とか『ぼったくり』とか悪口をいう人がいるが、IP販売後、数十年におよぶ保守費はこのロイヤリティ収入で賄っているので、このビジネスモデルにより、顧客は安心してArmベースの半導体チップを長期にわたって使い続けることができる」と述べ、IPビジネスは初期投資に加えて、継続的な投資が重要なビジネスであることを強調した。

この点について同氏はさらに「半導体IPを企画し、研究し、販売するまで4~6年かかる。そこから半導体ベンダが、そのIPを採用して、周辺回路も含めEDAツールを使ってテープアウトするまで18か月かかり、製品化されるまでには、IPベンダの手を離れてから2~3年かかる計算となる。さらに、チップ上で稼動するアプリの開発にも1~5年かかり、その後、Armベースのプロセッサが組み込まれた最終製品は20年以上にわたって販売されるので、長期的な経営方針でのぞまない半導体IPベンダは長続きしない。Armは、継続的に製品のバージョンアップを行うことで、機能の拡張を続けてきたが、過去のソフトウェアがバージョンアップしたアーキテクチャでも使えるように常に心がけており、顧客が長期的に安心して使っていただけるよう配慮している」と説明する。

  • 半導体IPベンダによる研究開発から販売、顧客によるチップ開発、最終製品の長期使用に至る長い道のり

    半導体IPベンダによる研究開発から販売、顧客によるチップ開発、最終製品の長期使用に至る長い道のり (出所:アーム)

Armは、CPUコアを設計するだけで、半導体チップは作らないと思っている人が多いが、実際には、(商用ではないが)チップを作っているとして、内海氏は次のような例を挙げた。

  • エコシステムのサポートや研究のため
  • ソフトウェア開発用プラットフォームとして
  • 性能とパワーのチューニングのため
  • 性能検証とテスト用IP統合のため
  • EDAのフロー最適化のため
  • パートナー製品の早期市場投入をサポートするため

エコシステム全体でコンピューティングの進化を加速

Armは1000社を超えるパートナー(シリコンチップ製造パートナー、設計サポートパートナー、ソフトウェアパートナー、トレー二ングパートナー、コンソーシアムパートナー)とともにエコシステムを形成している。日本にもパートナーは100社以上存在する。内海氏は、「エコシステム全体で素早く課題に対処するようにしている」としており、セキュリティを例にとれば、

  1. Armはプロセッサのセキュリティを強化
  2. 半導体ベンダが堅牢なセキュリティを実装したSoCを製造
  3. セットメーカーがシステムレベルのセキュリティを強化する
  4. 顧客の実運用に基づくニーズや必要要件をArmにフィードバックする(1に戻る)

という具合にループを回して、エコシステム全体で協力し合ってコンピューティングの進化を図っている。

また、「Armは、センサからデータセンターまで広くカバーしているが、データセンター向けでは、低消費電力であることは認めてもらっているが、性能が先行他社に比べて十分ではないという評価も受けている。このような情報は次の設計に確実に反映していく。もっとも、最近は性能よりも電力効率を優先するデータセンサーが増えている。スーパーコンピュータ(スパコン)の分野でも、富士通は、ポスト京のアーキテクチャを従来のものからArmベースへと変更することを決めた。スパコンもサーマルバジェットが大きくなりすぎてしまって、アーキテクチャを変えて電力効率を上げなければならなくなっている」と話す。

さらに内海氏は、いままさに注目すべき分野として、「人工知能(AI)」、「スマートロボット」、「IoT」の3つを挙げた。ソフトバンクグループの孫会長が興味を寄せている分野でもある。5Gについては、「日本のIoTは儲からないとの声をよく聴く。日本企業のIoTは、各社独自の専用システムなのでオープンではないから寡占化されたベンダ依存になってしまっている。5Gでは、そうならないように計画を練り直して、『儲かる5G』を目指してビジネスモデルをブラッシュアップしていく必要がある。特定企業のシステム向けではなく普遍的なモノにしていくことが重要」と述べた。

なお、同氏は最後に「トータルコンピューティング推進のための投資を今後も継続的に行っていく。確固たる設計思想で、用途に応じたソリューションを提供し、モバイル/コンシューマ、車載、ネットワーキング/サーバ、IoT/組み込みなどの幅広い市場をカバーする。今後カギをにぎる差別化要因は、セキュリティと省電力化である。Armエコシステム全体でコンピューティングの進化をさらに加速させていく」と話を結んだ。