「レッド・ドラゴン」は中止か?
このドラゴン2の着陸方法の変更は、スペースXのもうひとつの野望にも影響を与えることになった。
2016年4月に、マスク氏はドラゴン2を火星へ打ち上げる計画を発表した。もちろん無人で、なおかつ、使用するのは火星までの飛行や着陸のための改修を施した特別製の機体で、「レッド・ドラゴン」という愛称も与えられていた(発表時の様子は『その名は「レッド・ドラゴン」 - スペースX、火星に無人宇宙船打ち上げへ』を参照)。
この年の9月には、マスク氏は火星に都市を造るという内容の「火星移民構想」を発表するが、もともと彼は火星への有人飛行を目標として掲げていた。そして人が火星に降り立つためには、ドラゴン2のようなロケットの逆噴射による着陸技術が必要不可欠でもある。
というのも、火星にも大気はあるものの、地球よりも薄く、パラシュートで十分に減速して着陸することは難しい。そのため、これまで火星の地表に送られた探査機はすべて、パラシュートによる減速に加え、エアバッグを膨らませて衝撃を吸収したり、着地の直前にロケットで逆噴射をしたりといった方法で着陸していた。もし将来、何人もの人や、物資を搭載した、とても重い宇宙船を火星に着陸させようとした場合には、ロケットエンジンの逆噴射による減速や着陸技術は必要不可欠なものになる。
マスク氏は「ドラゴンを火星に着陸させる際、底面の耐熱シールドと側面に装備したエンジンを噴射するという方法は、正しいと思っていました。しかし、今では正しくないと考えています」と述べた。
しかし、それに続けて彼は「ただ、それよりはるかにいい着陸方法を考えています」とも語った。
この新しい方法がどのようなものなのかは、今回は明らかにされなかった。ただ、この着陸方法は、同社の次世代のロケットや宇宙船で使用されるとし、またこの講演後、Twitterで「火星への着陸は、エンジンを使った着陸になると考えています。ただし、(ドラゴン2より)はるかに大きな宇宙船で行うことになります」と発言している。
つまり、エンジンを使った着陸という方向性は継続するものの、やり方を少し変え、なおかつドラゴン2やレッド・ドラゴンではなく、まったく別のロケットや宇宙船を造って行うという。ただ、その新しい着陸方法の仕組みや、新型ロケットや宇宙船の登場時期など、具体的なことについては明らかにされなかった。
また今年2月、スペースXはレッド・ドラゴンの最初の打ち上げを2020年に予定しており、その後も約2年2か月ごとに訪れる、火星への飛行機会のたびに打ち上げるとさえ語っていた。レッド・ドラゴンによる火星への飛行や着陸といった経験は、同社が進める火星移民構想の実現にとっても重要であり、またNASAも航法や通信などの技術的なサポートや、実験装置を提供することなどを予定していた。
今回のドラゴン2の着陸方法の見直しや、新しい宇宙船の開発といった変更によって、この計画にどのような影響が生じることになるのか、新しい計画はあるのかについても明らかにされなかった。
次の大きな発表は今年9月に
そしてまた、火星移民計画の現状についても触れられた。
火星移民計画は昨年9月に明らかにされたもので、火星に100人を一度に運べる、全長122m、直径12m、第1段のエンジン数は42基という化け物のようなロケットと宇宙船「惑星間輸送システム」(Interplanetary Transport System)を開発し、何度も繰り返し打ち上げてピストン輸送し、ゆくゆくは火星に100万人以上もの人が暮らす都市を造るという、壮大なものだった(発表時の様子は『私たちが火星人になる日 - イーロン・マスクの火星移民構想は実現するか』を参照)。
スペースXが昨年9月に発表した火星移民構想と、それに使用する超巨大ロケットと宇宙船 (C) SpaceX |
宇宙船もまた、ドラゴン2やレッド・ドラゴンのように火星にパワード・ランディングする (C) SpaceX |
マスク氏によると、その後も検討を続けており、現在の構想は昨年9月の発表時のものより、さらに進化しているという。
彼は「(計画の進化の)肝となるのは、この惑星間輸送システムを火星まで飛ばすために必要な、莫大な資金の捻出方法です」と述べた。また「惑星間輸送システムの規模はやや小さくなっていますが、それでもまだ十分に巨大です。ただ、私はこの新しいプランが、経済面でより実現性のあるものになったと思っています」とも語った。
マスク氏は、このやや小さくなった惑星間輸送システムを、火星へ人を送るのと同時に、通常の人工衛星の打ち上げにも使うことを考えているという。それは現行のファルコン9やファルコン・ヘヴィの後継機になるということかもしれないし、また前述した、新しい着陸方法を使う次世代ロケットと宇宙船と関連しているのかもしれない。
いずれにしても、そうした火星ミッション以外の打ち上げなどで得た収益をもとに、火星宇宙船をはじめとする、火星移民のためのシステムを造り上げるつもりだという。
残念ながら今回は、これ以上の詳細は明らかにされなかったものの、マスク氏は今年の9月25~29日にオーストラリアのアデレードで開催される、「第68回国際宇宙会議」の場で、その詳細について明らかにできるだろうとしている。
雨降って地固まるか
今回の発表におけるマスク氏の言動やその内容は、"21世紀の宇宙船"と謳っていたドラゴン2の着陸方法を見直したり、「ファルコン・ヘヴィの初打ち上げは失敗するかも」と漏らすなど、いつもほどの勢いはなかった。
しかし、これをイーロン・マスク氏やスペースXの宇宙開発が後退したと見るべきではないだろう。たしかに計画の遅延や修正など、一歩退いたところはあるにせよ、それは有人宇宙飛行や火星移民構想の実現をより確実するためのものであり、すでに代替案や、あるいは従来よりさらに良い案が用意されているようである。したがって、雨降って地固まるようなものと見るべきだろう。いずれにしても、マスク氏とスペースXが、いまだ前を向き続けていることには変わらない。
また、スペースXは今回取り上げた挑戦以外にも、今年から始まったファルコン9の再使用打ち上げをはじめ、第2段機体やフェアリングの回収、再使用に向けた挑戦、「ファルコン9 ブロック5」と呼ばれる最新型機の開発、テキサス州における新しい発射場の建設、そして1万機もの小型衛星による全世界インターネット計画など、いくつもの開発や挑戦を抱えている。
彼らが思い描く、こうした自社と、そして人類の宇宙開発の未来が、はたしてすべて実現するのか、あるいはさらにあきらめざるを得ないことが起こるのか――。ひとまず、今年9月に予定されている火星移民構想の"改定版"の発表を心待ちにしたい。
参考
・2017 ISSR&D Conference - Washington D.C., July 17 - 20 | International Space Station Research and Development
・Mars | SpaceX
・Falcon Heavy prepares for debut flight as Musk urges caution on expectations | NASASpaceFlight.com
・SpaceX drops plans for powered Dragon landings - SpaceNews.com
・Propulsive landings nixed from SpaceX’s Dragon spaceship - Spaceflight Now