2026年10月、戦争によって滅亡した地球から、辛くも逃れたある家族が火星に降り立つ。ピクニックだと聞かされていた子どもは、火星人に会えると無邪気にはしゃいでいたが、火星を流れる運河の水面に映る自分の姿たちを見て、自分たちこそが「火星人」になったことに気が付く。そして新たな火星人たちはこれから、滅亡した地球人に代わって文明を築く、何世代にもわたる「百万年ピクニック」を始めるのだった――。

悲しくも美しい余韻をもって終わるレイ・ブラッドベリの『火星年代記』は、SFの古典的名作として、長い間多くの人々たちに親しまれてきた。

その「百万年ピクニック」が始まるとされた日まで、あと10年に迫った2016年9月28日(日本時間)、スペースXのイーロン・マスクCEOは、メキシコで開催された「国際宇宙会議2016」(IAC 2016)の壇上で、まさに百万年ピクニックの実現を目指した、壮大な構想を明らかにした。

『Making Humans a Multiplanetary Species』(人類を多惑星へ播種する)と題されたこの講演で彼は、巨大なロケットと宇宙船からなる「惑星間輸送システム」を開発し、一度に100人以上の人間を火星に送り込み、そして40~100年かけて、火星に人口100万人以上の自立した文明を築く、と表明したのである。それを語るマスク氏の顔は、それが決して夢物語ではなく、実現可能な目標であるという自信に満ちていた。

はたして、マスク氏の描く百万年ピクニックは実現するのだろうか。

スペースXが発表した「惑星間輸送システム」のCGアニメ

マスク氏とスペースXの真の目的だった火星移民

イーロン・マスク氏が、人類の火星移住について言及するのは今回が初めてではない。何年も前から、彼は何かにつけて、火星に、そして太陽系のさまざまな惑星に、人類を播種させるべきであると語っている。

人類が地球に住み続ける限り、戦争や伝染病、あるいは小惑星の衝突によって、滅亡する可能性は常に存在し続ける。しかし、もしほかの惑星にも人類が住めるようになれば、たとえ地球が滅びても、少なくとも人類という種は生き続けることができる。

マスク氏が2002年に宇宙企業「スペースX」を設立した理由も、そもそもの根底にはこうした動機があった。伝えられるところによれば、彼は10代のころからこうした構想を思い描いていたという。

PayPalの成功、売却などで多くの富を得たマスク氏は、さっそくこの構想を実行に移す。当初はロシアのロケットを使い、小規模なバイオスフィア(人為的に生物が生きられる環境を作り出すための施設)を火星に送ることを考えたものの、高値をふっかけられ、また運用も不確実なことから断念し、自らロケットを開発することを決意。それが現在の「ファルコン9」ロケットにつながっている。

スペースXはファルコン9を駆り、国際宇宙ステーションに向けて補給船を打ち上げ、さらに商業打ち上げ市場や米国の軍事衛星打ち上げにも参入。さらに打ち上げコストの低減を狙ってロケットの再使用化にも挑むなど、設立からわずか10年ほどの企業とは思えないほどの快進撃を続けているが、そもそもの火星移民という目的からすれば、それらは単なる通過点に過ぎなかったのである。

では、その本来の目的である火星移民構想とはどのようなものなのか。その答えは、「巨大なロケットで、巨大な宇宙船を打ち上げ、一度に100人以上の人間を火星へ送る。それを繰り返し、数十年をかけて火星に自立した文明を築く」という、単純かつ、壮大なものだった。

『Making Humans a Multiplanetary Species(人類を多惑星へ播種する)』と題した講演を行うスペースXのイーロン・マスクCEO (C) SpaceX

火星移民を実現させるための巨大宇宙船と巨大ロケットからなる「惑星間輸送システム」(ITS, Interplanetary Transport System)の想像図 (C) SpaceX

40~100年かけて火星に文明を築く

アポロ計画で人類が月の地面に足跡を刻んで以来、あるいはそれ以前から、有人火星飛行はさまざまなところで構想、検討されてきたが、どれも実現することなく現在に至っている。

では、有人火星飛行は不可能なのかといえば、決してそうではない。今ある技術を組み合わせ、また相当のリスクを負うことを承知の上であれば行けないこともない。現に米国航空宇宙局(NASA)は、2030年代の実現を目指し、火星まで行ける宇宙船やロケットの開発を進めている。

しかし、それは映画『オデッセイ』のように、厳しい訓練を受けた宇宙飛行士が数人しか行けないもので、火星移民、火星旅行といった言葉から想像される、誰もが気軽に行けるようなものとは程遠い。

NASAが開発中の超大型ロケット「SLS」。月や火星、小惑星へ、人が乗った宇宙船や物資を運べる能力をもつ (C) NASA

NASAが開発中の有人宇宙船「オライオン」。SLSによって打ち上げられる予定の宇宙船で、月や火星、小惑星に行ける能力をもつ。2014年には無人での試験飛行を行っている (C) NASA

マスク氏が明らかにした構想は、それとはまったく異なるものだった。まず巨大な宇宙船と、それを打ち上げる巨大ロケットからなる「惑星間輸送システム」(ITS, Interplanetary Transport System)を開発。ITSには100人以上もの乗員、それも長期間にわたって厳しい訓練を受けた宇宙飛行士ではなく、簡単な訓練を受けただけの一般人が乗れるという。

ITSの初飛行は2022年、もしくは2024年ごろの予定で、地球と火星を往復して人や物資を輸送する。そしていざ移民が始まれば、それを40年から100年の間繰り返し、いずれは100万人以上もの人口をもつ完全に自立した火星文明をつくり上げる。

またITSは、木星や土星や、その衛星など、太陽系内のさまざまな天体へも行くことができるという。

巨大宇宙船と巨大ロケットからなる「惑星間輸送システム」(ITS, Interplanetary Transport System) (C) SpaceX

この巨大宇宙船は土星など、火星以外の天体へも行けるという (C) SpaceX

2020年代、1人あたり約2000万円で火星へ

彼はさらにコストにも言及し、従来のNASAのようなやり方では、人一人が火星行くのに必要なコストは100億ドル(約1兆円)になると試算した。そして、もし火星移民を実施するのであれば、これを米国で一般的な家が建つくらいの価格である、20万ドル(約2000万円)ほどにしなければならないと語った。

まるでSFのような話だが、それを語るマスク氏の顔は、それが決して夢物語ではなく、実現可能な目標であるという自信に満ちていた。

しかし、実際にこれほどの構想を実現させることはできるのだろうか。普通に考えれば、難しい、あるいは無理だと思うのが当然かもしれない。しかし「物事を原理原則に基づいて考える」ことで知られるマスク氏の思考法は、この構想でも遺憾なく発揮されている。ロケットの仕組みから、火星までの飛行方法、そして火星での運用まで、すべてにわたって根本から見直し、原理原則に基づいた最適な方法を取ることで、火星移民は実現可能だと解いたのである。

そのための鍵として、マスク氏は4つの項目を挙げた。「完全に再使用できるロケットと宇宙船」、「地球周回軌道での推進剤再補給」、「火星での推進剤の生産」、そして「最適な推進剤の使用」である。

(第2回へ続く)

【参考】

・Mars | SpaceX
 http://www.spacex.com/mars
・NINA_5_ FINAL_draft_MarsTalkRevised_v4_17_nm_112716 copy 12 - mars_presentation.pdf
 http://www.spacex.com/sites/spacex/files/mars_presentation.pdf
・SpaceX Interplanetary Transport System - YouTube
 https://www.youtube.com/watch?v=0qo78R_yYFA
・SpaceX’s Elon Musk announces vision for colonizing Mars - Spaceflight Now
 http://spaceflightnow.com/2016/09/27/spacexs-elon-musk-announces-vision-for-colonizing-mars/