今回、Apple WatchのWalletに航空券を入れておいたため、Apple Watchをかざせば飛行機に乗ることはできた。

米国の国内線であってもセキュリティゲートでは写真付きの身分証明書の提示が求められるため、パスポートや運転免許証が必要になる。これは、まだApple Watchに収めることができない。

サンフランシスコ周辺では、「Clipper」と呼ばれるプリペイド型で残高を追加できるIC乗車券が普及しており、鉄道やバスなどで利用できる。なんとなく、これがスマートフォンに納まる日も遠くないと予想している。

しかしニューヨークは、遅れている印象だった。ニューアーク空港からマンハッタンに入る鉄道では、バーコードの乗車券を改札にかざす必要があった。そしてマンハッタンの地下鉄は、磁気カードをスワイプする方式のままだ。

旅行者は当然、乗車券を買ったり、磁気カードを買って残高を追加するといった作業が必要になる。いくら米国で、Apple Payが先行してスタートしているといっても、公共交通機関の対応状況は非常に遅れている。Apple Payでバスや電車に乗れるのはロンドンの方が先だ。

そんな状況を改めてみると、Apple Payが10月から日本のSuicaをサポートし、iPhoneで高速に改札を通過できるようになることが、いかに未来的か、ということが分かるのではないだろうか。

日本人からすれば、SuicaをはじめとするIC乗車券は当たり前だし、ケータイの時代からAndroidスマートフォンへと、モバイルデバイスで改札を通過することも、10年来の体験だ。

Appleが日本の標準的な体験に合わせた点が、注目すべきポイントと言える。オマケとして、Apple Watch Series 2で、スマートウォッチでSuica、という体験も実現した。個人的には、時計を普段する手首をどちらにするか、という問題はあるが、iPhoneでのSuica体験以上に、Apple Watch Series 2では改札通過が快適になるのではと期待している。

現段階で、Suicaに対応するのは、日本で販売されるiPhone 7・iPhone 7 Plus、Apple Watch Series 2のみとされている。海外で販売されるモデルでは、FeliCaを利用しないからだ。

しかし、海外から日本に戻る人が、日本に到着する前にSuicaをセットアップしておくことができれば、あらかじめSuicaにチャージした状態で飛行機を降りて、空港からすぐに電車に乗ることができるはずだ。喉が渇いていれば、お茶のボトルを買っても良い。

筆者のようにサンフランシスコからニューヨークへ米国内を出張しても、都市間で互換性のない交通乗車券を使っているため、手元のスマートフォンやスマートウォッチだけで、着いた先の交通にスムーズに乗れる状況にはなっていない。まだ実現できていないことだ。

もちろん米ドル紙幣やクレジットカードは利用できるが、残念ながら改札機に紙幣やクレジットカードを通すことはできない。

Apple Payの理想は、iPhoneやApple Watchを利用している人々が、普段の生活で、あるいは世界の他の都市へ出かけたときでも、変わらずスマートフォンや時計をかざして支払いができるようになる世界だ。

どうしても、Suicaを海外のiPhoneでも……と日本人としては、逸る気持ちを抑えられないのも分かるが、実際は、米国内の都市間での問題すら解決できていないのが現状である。

翻って、Suicaが全国で利用でき、iDやQUICPayが普及している日本の方が、買い物や交通へのApple Payをサポートするインフラ対応がはるかに簡単であることを思い知らされる。しかも、AppleがFeliCaを入れることで、既存のインフラに乗ることができたのだ。

10月以降、Apple Payが最も便利な国は日本であることは間違いなくなるし、多くの外国人に、改めて、駅やコンビニでの我々の日常を目の当たりにして欲しいと思う。

松村太郎(まつむらたろう)
1980年生まれ・米国カリフォルニア州バークレー在住のジャーナリスト・著者。慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程修了。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)、キャスタリア株式会社取締役研究責任者、ビジネス・ブレークスルー大学講師。近著に「LinkedInスタートブック」(日経BP刊)、「スマートフォン新時代」(NTT出版刊)、「ソーシャルラーニング入門」(日経BP刊)など。ウェブサイトはこちら / Twitter @taromatsumura