5月10日に行われたソフトバンクグループの2015年度3月期決算において、代表取締役社長の孫正義氏は同傘下の米携帯キャリア「スプリント」の「V字回復」など、反転攻勢に入ったことを宣言した。2013年7月の買収完了以降、重くのしかかる設備投資や販促費用からくる赤字体質と顧客流出に悩まされ続けてきたスプリントは、長らくソフトバンクにとってお荷物的存在だと考えられてきた。孫氏の宣言は本物なのかを検証しながら、米国の携帯電話業界とスプリントに起きつつある変化をみていく。
「V字回復宣言」にまつわる根拠を探る
スプリントの業績の詳細は同社の四半期決算のプレスリリース(PDF形式)またはソフトバンクの決算説明会でのプレゼンテーション資料(PDF形式)を参照してもらうとして、現在のスプリントと米携帯キャリアをとりまく状況を簡単に説明する。
まずスプリントで特に問題だった点として、営業赤字が長年にわたって続いたことで流動資産としてのキャッシュが枯渇していたことが挙げられる。
例えば、同社会計年度で2014年度(FY2014)には345億ドルの売上があったにもかかわらず、営業経費が364億ドルもかかっているため、トータルとしては19億ドルの営業赤字となっている。345億ドルという売上高は、日本の大企業の多くと比較しても高い水準であり、これだけの事業規模があるにもかかわらず利益をまったく生み出せていなかったということだ。
ソフトバンクが買収後にまず着手したのは徹底したコスト削減であり、FY2015は売上が322億ドルに減少しているにもかかわらず、営業経費は319億ドルと大幅に削減できており、結果として3億1000万ドルの営業黒字を達成している。スライドで孫氏が「過去9年で初の(通期)黒字」と表現したのはこの部分だ。コスト削減は買収完了から過去2年ほど継続しているが、ようやく結果として返ってきたといえる。
コスト削減はもちろん「ムダ」という部分もあるものの、本来顧客獲得を行うためのマーケティング費用や店舗運営コスト、さらには将来への投資である設備投資の削減も招く可能性があるため、短期的には競合を優位にしてマイナス効果を生み出すこともある。こうした状況でもコスト削減を優先する理由は、まずは黒字化して「止血」を行うことを目指したからだと考えられる。
スプリントは昨年2015年夏にT-Mobileで契約者数で抜かれ、第3位から第4位へと転落している。勢いづくライバルの躍進を横目に、まずは自らの営業体質改善を優先したというわけだ。孫氏も強調していたが、キャッシュが枯渇することで短期的な資金繰りに目が行きがちになり、結果として高い買い物となるケースが少なくない。債務面での負担をソフトバンク側が保証することで、前述の黒字化と合わせて将来的な体力作りを目指し、それが一定の効果を得つつある。
完全とはいえないものの、基礎体力が整いつつあるのはおそらく間違いないだろう。問題は、これが本当にV字回復の反転攻勢につながるものかという点だ。目安の1つは契約者数とそこから得られる売上で、これを解約トレンドから純増トレンドへと転換させる必要がある。スプリントの契約者数全体でいえば昨年度比でプラスにはなっているものの、サービス販売による売上は減少となっている。原因は不明だが、ポストペイドのARPUがFY2014の59.63ドルからFY2015には53.39ドルへと減少しており、これがおそらく売上全体にマイナスに作用した可能性が高い。