―― 社長になって見えたカシオ計算機の課題というのはありますか。

樫尾氏「これまでは、和雄会長がほぼすべてのことをやってきたという経緯があり、その結果、社内に全社的視点、あるいは長期的視点で物事をとらえる人材が少ないということを感じています。この部分は、今後は、私がやっていくことになりますが、その一方で、体制面からも強化していく必要もあるでしょう。

これまでのカシオ計算機は、それぞれの部門のなかで最適化を求める傾向が強い企業だったといえます。それはそれで、カシオならではの強みを発揮することにつながっていたのですが、全社的に見た場合に、効率的に機能していたか、というと必ずしもそうではない部分がありました。それを改善することで、全社的な効率化を図りながら、部門の強化にもつなげることができるのではないかと考えています。

写真左が樫尾和宏社長、写真右が樫尾和雄会長(2015年5月12日に行われた樫尾和宏社長の就任会見から)

たとえば、教育事業については、いままでは電子辞書は電子辞書、関数電卓は関数電卓というように、製品ごとの営業体制となっていました。お客さまの立場から見てみると、こうした製品を横並びでそろえていること、それらを一緒に提案できることが、カシオの強みになってくると思います。また、単に電子辞書を作るのではなく、教育市場全体にこの電子辞書をどう生かしていくのか、といった提案も考えていく必要があります。それに向けた体制づくりを始めたところです。

その一方で、社長になってから見えたカシオの強みというものも感じていますよ。むしろ、思った以上にカシオの強みはあるなと(笑)。

カシオは、年間1億個の製品を世界中に出しています。G-SHOCKだけでも年間800万本を出荷しています。また、毎年新たな高校生が110万人誕生しており、毎年創出される新たな市場に対して、電子辞書や関数電卓といった提案が行える土壌もあります。全国の約3,000校において、生徒に対してカタログを配布できる環境も整っていますし、先生方との強い信頼関係もある。様々なカシオファンに支えられ、強い製品を出し続けることができる力を持った企業であるということを、改めて認識しています」

―― これまでの樫尾社長の経験は、今後の経営にどう生かすことができますか。また、どのように生かしていきたいとお考えでしょうか

樫尾氏「私が1991年4月にカシオ計算機に入社したときは技術職で、ページプリンタ事業を行うカシオ電子工業に配属されたのですが、1年後にはマスというマニュアル制作などを行うグループ会社に入り、その後、ハウスエージェンシーであるカシオコミュニケーションブレインズを立ち上げました。一番経験が長いのが、宣伝・コミュニケーション分野です。

この間、ブランディングとマーケティングの大切を学びましたし、ユーザーの視点から見たカシオ計算機とはどういうものかということを常に考えてきました。カシオ計算機は、途中に販売代理店が入る間接販売が中心ですから、ともすれば、販売代理店に納めてしまえばそれで終わりという感覚になりやすい体質がありました。宣伝・コミュニケーションも、単に広告を打って、それでユーザーに訴求すればいいという感じになりがちです。

カシオのユーザーサイト「カシオメンバーズ」は、誰でも無料登録できる

しかし、やはり大切なのはユーザーとの接点です。使っていただくことでカシオのファンになり、機能がいい、操作しやすいという理由で、またカシオ製品を購入していただくというサイクルを作り上げることが大切です。宣伝・コミュニケーションの役割も、買っていただくということだけでなく、次の製品へのフィードバックをいただく、あるいは次の製品も買っていただくというところまで含まれ、そのサイクルを創出することが大切だと感じています。

『カシオファン』の存在を強く意識するようになったのも、宣伝・コミュニケーションを担当していたときでした。こうした経験を積んできたことは私の強みです。いままでは、モノをデジタル化し、そこにカシオの軽薄短小の強みを加えることで、新たな製品や市場を生んできたという経緯がありました。電卓、時計、カメラのすべてが、その変化をとらえて成長してきました。その点では、シーズが強かった面があったといえます。

いまや、デジタル化しただけでは差別化できませんし、それだけでは他社も追随しやすい。自らが市場を作りにいくには、独自技術に裏付けられた強いシーズを持ちながらも、もっとニーズ開発に軸足を置く必要があると考えています。私の経験を生かしながら、ニーズを開発するための構造へと、カシオを変えていきたいと思っています」

―― 米国販売会社におけるマーケティング担当の経験は、どう生きますか。

樫尾氏「当時は、米国市場の難しさを体験しましたね。ブランドイメージをどう作るのかという難しさ、大手量販店で店頭キャンペーンをやろうと思っても、本部主導で動くということが少ない状況、製品説明よりも価格が重視されるという市場環境において、どう手を打つのか。ただ、米国という厳しい市場において成功すれば、他の市場に向けても弾みを付けられるというメリットもあります。

15年前は、時計市場においても、カシオの時計は、『黒くて安い』というイメージが強く、なかなかブランドが定着しませんでしたが、いまでは、米国人が一番好きな時計のひとつにG-SHOCKが選ばれるようになってきました。現在は、強いブランド力を持つフラッグシップ製品を中心にして、カシオ製品全体をどう底上げしていくのかということに取り組んでいます。

これまでは、地域ごと、品目ごとに分かれた展開を行っていましたが、今後は、品目を超えた展開、ユーザーに響く提案やアプローチができるようにしたいと考えています。たとえば、教育分野向けの製品は、電子辞書や電卓だけでなく、プロジェクター、電子楽器、デジタルカメラなども含まれます。これも単に製品をそろえましたということではなく、この教科の提案であれば、この組み合わせが最適であるというように、整理し直したいと考えています」