では、山頂の150Mbps化はどのように行なっているのだろうか? そして、意義はどこにあるのか?

山梨氏は「山頂にはご来光需要があるんです」と語る。一般的に携帯の音声・データトラフィック(通信量)のピークは夜の帰宅ラッシュ時間帯と言われているが、その時間帯に富士山は静まる。これは、ご来光を見るために前日の昼~夕方にかけて登山を開始し、山小屋に宿泊する登山客が多いためで、今回筆者が宿泊した日本一標高の高いホテル「富士山ホテル」でも、20時には消灯していた。

そしてご来光を山頂で見るために深夜から再び山頂を目指して登山を開始し、日の出時刻にトラフィック量がピークとなるわけだ。残念ながら、筆者らが登頂に成功した日はあいにくの曇り空で、晴れ間を見ることはできなかったが、「かつては写真を撮って下山後に写真を共有するケースが多かったと思いますが、今はご来光を見て山頂でSNSでアップする人が多いようです」(山梨氏)という。

筆者も、ご来光自体が撮影できなくても「山頂までたどり着いた」という記念写真をSNSにアップしてしまったが、こうした"ご来光だけではない富士山の頂上"という魅力は、すぐに友人などに伝えたくなるものだろう。

そして、この下り最大150Mbpsという速度環境は、一人の人間が高速な通信環境を体感するために提供するのではなく「みんなで快適な速度環境を共有できるように」という側面で提供されているわけだ。

山頂の下り最大150Mbpsサービス提供は、吹き上げ局からの電波が10MHz幅(最大75Mbps)にとどまるため、通常では150Mbpsサービスを提供できない。そこでKDDIは無線エントランス回線を用意。これは、直進性の高い26GHz帯の電波を使用して200Mbps超の回線速度をふもとから山頂めがけて飛ばしているもので、離島で有線を引けない場所などに利用されている技術を応用している。

これが最大150Mbpsサービスを実現している基地局のアンテナ。山小屋前の人通りが多い場所に向けて電波が吹いている

また、この通信環境を提供するにあたってKDDIは新規で「Dual Band Pico」と呼ばれる小型の無線機を開発した。ピコセルの無線機は都心部でトラフィックの分散を図るために設置されることが多く、こちらも"山への応用"はまれだという。

分かりづらいが、au 4G LTEのシールの奧にあるのがピコセルの無線機。ほかに電源装置など、大きいラックが山小屋に置かれている

新規で開発したこの無線機は、これまで個別でしか対応できなかった800MHz帯と2GHz帯双方の周波数帯で送受信できるようにして、なおかつこれまでのピコセル無線機とほぼ同等のサイズ、重量を実現している。また、両方の周波数帯に対応しているため、将来的にはキャリアアグリゲーション技術も利用できるようになる。KDDI広報部によると、「ピコセルの定義があいまいなため、確実なことは言えないが、このサイズでキャリアアグリゲーションに対応できる無線機は恐らく世界初ではないかと思う」という。

山頂では、静岡側から無線エントランス回線で剣が峰(3776m)で一旦電波を増幅して、吉田口登山道側に存在する山頂の山小屋「山口屋」へ電波の中継を行なっている。実は、山開きから7月半ばまで、「中継局」と呼ばれる電波を増幅して再送する装置が使われていた。しかし、それでは電波を再送するだけで一度に接続できるユーザー数が限られてしまう。また、中継局では800MHz帯、2GHz帯のそれぞれ10M幅(下り最大75Mbps)までしか対応できないため、下り最大150Mbpsサービスの提供が難しかった。

そこで同社は、「中継局」から新型無線機を含む「基地局」としての装置を組み込むことで、ユーザーの収容数を増やすと共に、最大150Mbpsサービスの提供を可能にした。150Mbpsサービスの提供は、単純な基地局設置作業だけではない、複数の対策を組み合わせることで成り立っているわけだ。

なお、この150Mbpsサービス提供の利点を活かして、山頂でWi-Fi環境も提供されている。無線LANルーターのバックホール回線は、実はLTE回線となっていて、ユーザーにとってメリットがないように見える。

Wi-Fiスポットの機器が無線機のラックの上に置かれていた

ただ、外国人観光客向けに提供している観光促進のための無料Wi-Fiサービスや、LTEによるデータ通信量を減らしたいユーザーにとっては十分に利用価値のあるWi-Fiスポットだ。

ソフトバンクやNTTドコモの対策は?

ここまでKDDIの対応策を取り上げてきたが、他キャリアも黙っているわけではない。

ソフトバンクモバイルも、ふもとから電波を吹き上げ、山頂の山小屋にドナーアンテナを設置。

ドナーアンテナ

中継局数2局、ドナーアンテナを2本設置することで、安定的な山頂での通信環境確保を図っている。下記の写真は、山頂全体へ吹き直しているアンテナで、KDDIのものとは異なるアンテナ形状であることが興味深い。

電波を増幅して再送するアンテナ。2方向に吹いているように見える

一方でNTTドコモは、登山道から山頂にかけて多数存在する山小屋の約9割、40弱の場所に無線中継局を設置している。実際に、KDDIよりも多くの山小屋で「Xi使えます」というシールが貼られている現場が多く、中には中継局などがはっきりとわかる山小屋もあった。

ドコモの電波を受けるアンテナとレピーター

また、この夏には山頂でドコモWi-Fiの提供も予定しており、登山客に対するきめ細やかな対応をはかる姿勢が見られていた。

ただし、現時点ではKDDIの対策が功を奏しているようで、山頂でスピードテストを行なうとKDDIが安定して70Mbps程度の速度が出るのに対して、ドコモは10数Mbps、ソフトバンクは2~3Mbpsにとどまっていた。誤解のないように改めて述べるが、最大速度はさほど意味があるものではなく、あくまで多数のユーザーが利用する場合でも快適な通信環境が提供できるようにするもの。利用者自身が意識せずとも快適に使える環境の提供こそ、各キャリアの使命と言えるだろう。

各キャリアの「LTE使えます」シールが仲良く貼られていた(恐らく山小屋側が勝手に貼ったもの)。山小屋と携帯キャリアの協力で、初めて登山客が便利に通信できる環境が整う

au 4G LTE回線でYouTubeを3400m付近の富士山ホテルで再生した時のキャプチャ。まだ冒頭数秒にもかかわらず、ほぼ動画の読み込みが終わっている様子がうかがえる

登山写真集

実際に登っていく段階で、スピードテストや、最新のタフネススマートフォン「TORQUE G01」の高度計と気圧計を試してみた様子をご覧いただきたい。

昼の13時30分頃から登りはじめて、18時30分過ぎに宿に到着。翌朝2時30分に出発し、5時前に到着という行程で富士山頂まで登りきった。

辛かったのは下山道。話には聞いていたものの、予想以上に時間がかかり、同行者全員へとへとになりながら、約4時間を掛けて吉田口に戻った。また登ってみたいなと思いつつも、取材としては二度と行きたくないものだ。

富士吉田口の山道入口のレストラン。LTE使えますシールが見える

ここでも十分高速

実は、この入口までは3Gに落ちることも多かった(画像は電波を受けて増幅するアンテナ)。ここまでで楽しんで帰る観光客もいるため、そういった電波対策も進めてほしいものだ

こちらは出力を停止しているアンテナとのこと

しっかりと富士山保全協力金を支払って登山開始

最初は雲に包まれていた

こちらはドコモのドナーアンテナのようだ

筆者のXperia Z1で計測。速い

こちらはタフネススマートフォン「TORQUE」。高度計や気圧計を備えており、耐衝撃性も兼ね備えているため登山家にはうってつけ

吉田口登山道は山小屋が多く、登りやすいと聞いていたが辛かった

赤い鳥居がある七号目中盤。ここでもまだ1日目スケジュールの半分を過ぎたところ

雲がだいぶ下に見えてきた。高尾山しか登ったことのない筆者にとっては写真やTVでしか見たことのない景色だ

途中、団体客に遭遇し渋滞が起きる

八号目の3250m付近。気圧計を見て同行者と「猛烈な台風ってレベルじゃないな」と談笑していた

富士山には本八号目や新八号目など複数の八号目が存在する

下山道と合流する地点。ホテルまでもうちょい

無事、日本一高いホテルで有名な「富士山ホテル」に到着。TORQUEの高度計は途中、数10mの誤差が見られたものの、高度を補正するとその後はしっかりと計測してくれたようだ

日にちは変わって翌日。山頂にたどり着いた

しっかり登れました記念撮影

KDDIが山頂で配っているpapabubbleとのコラボアメ。私が美味しくいただきました

少し時間を巻き戻して、山頂アタック中。TORQUEの気圧計/高度計ウィジェットがやたらかっこいい

このようにいたるところに携帯キャリアのアンテナが設置されている

残念ながらご来光は見えなかったものの、途中からガスが消えて山梨県側の街並みが

驚いたのがこの雲。山頂にかかっているのではなく、ややズレた位置に発生していた。同行者とともに気味悪がっていたが、周囲は反応していなかったのでよく見られる雲なのだろう

奥に見える一番高い場所が3776mの剣が峰。たどり着けなかったのが心残りだ

下山開始。長い長い旅路の始まり

こちらは、山道途中の中継局。新設の山小屋に設置されていて、工事途中にお邪魔した

雲の下まで降りてきた。ほぼ丸一日、取材としては辛かったが、楽しい登山でありました