第2次世界大戦の終戦100年後に再び日本は米国に負けるのか?

さらに、松田博士は少々衝撃的な説で畳みかける。「2045年の100年前は何の年かというと、1945年で日本が米国に戦争で敗れた年。よって、2045年は日本がまた米国に敗れる年になると思ってます。もっとも、もしかしたら人類自体が技術的特異点を迎えて負けてしまうかも知れませんが」とした。筆者個人としては、負けたとしてもそれまでと変わらない平和的な生活を享受できるのなら問題はないと思うが、もし、日本が負けるにせよ、人類が負けるにせよ、その後に大きな変化があり、それが悪い方向へ向かうとなると、それは拒みたい気にはなる。

また松田博士は、人工知能は「ちゃんと育てる必要がある」という。ヒトを育てるように、ある程度の時間をかけて育てないとならないとし、また育てるには「体」が必要だとする。ヒトも脳だけを生きていられる状態にしたとしても、体がなければ(つまり感覚からの入力がなければ)ヒトとしては育たないといわれ、人工知能にも体が必要というわけだ。

体を与える方法は、ロボットのボディを用いて、現実の中で体の動かし方やコミュニケーションの仕方など、ヒトが学ぶものと同じものをいろいろと学ぶのもありだが、コンピュータ内でのVR(仮想的なアバター)でもいいだろうという。ともかく、転んだら痛い、熱いものに触ったら火傷するといったことを学べることが重要だとした。

そうしたヒトと同様に教育が必要であるということは手間がかかるというわけで、生産性が低いと思われるかも知れない。しかし人工知能の素晴らしいところは、1度育ってスペック的に合格とされた人工知能が誕生すれば、あとはそれをコピーするだけで量産できるので、ヒトとは桁違いに手間がかからない。最初に優秀な人工知能を教育する時に手間がかかるのみで(アップデートを行う必要はあるだろうが)、できのいいものだけを育ててそれを販売すれば、無限の富が生まれる(笑)、という話もあるほどだという。

また参加者からの、コンピュータ(人工知能)が想像力や偶発性を持つようなことはあるのかという質問に対しては、ハード的なアプローチでは無理だろうと松田博士はいう。脳はもちろん、ヒトのすべてがわかっていないからである。ただ、ヒトを真似することは重要で、そうすれば可能性はあると思うという。ただし、真似をするといっても全部同じ条件にする必要はなく、改良できる部分は改良してしまって、例えば脳の容量はヒトの場合は約2リットルだが、3リットルにすればまた違ってくる。

それから、超知能を作ることは可能だろうとし、その1つの考え方がコンピュータ内に4次元の世界をシミュレートし、そこに超生物を誕生させることができたら、人類とはとらえられる次元の数が1つ違うので、人類を遙かに上回る超知能となるだろうとした。さらに5次元世界、6次元世界を作っていき、同じことをしたら、「まさにトランセンデンスですね」としている。

さらに松田博士は、複数の脳を組み合わせる形での超知能も考えているという。20cm3の立方体の脳を作り、それをたくさん連結させて並べる。2×2×2の8体で1単位として、それを100×100×100といった数を用意して秘密の研究所で研究させたい(笑)と、アブない考えも披露。ただし、今生きている人間から脳を取り出して箱詰めして連結しても、能率が悪いのでダメで、従順になるよう、再教育が必要らしい…。

それから、脳を連結することでの認識力の拡大の話として、3次元世界の完全な認識を行えるようになるという。ヒトは3次元の世界に住んでいるので、3次元を視覚でとらえていると思うかも知れないが、厳密には網膜に投影された2次元の映像を逐次処理し、体や頭の動きなどから次々と周囲の物体の見え方(視点)が変わることで3次元的に把握しているのであって、厳密には3次元を3次元として認識しているわけではないという。それを多数の脳を連結させて情報共有し、1つ1つの脳がそれぞれ2次元しか把握できなくてもそれを組み合わせることで3次元の把握が可能になるというのだ。さらには、4次元だっていけるだろうとする。