1988年11月にWindows NTの開発がスタート

このような試行錯誤と苦悩の中でCutler氏は、1991年3月末までにWindows NTを完成しなければならないと役員会議で約束することになりました。Windows NTのファーストバージョンとなるWindows NT 3.1は、1993年7月27日にリリースされていますので、この約束は違えたことになります。その最大の理由は人員不足。1989年10月時点で開発チームは20人足らず。OS/2チームなどから数名のスタッフを追加しましたが、"焼け石に水"でした。

また、Cutler氏およびCutler一家はCUI(キャラクターユーザーインターフェース)ベースの開発経験しかなく、GUI(グラフィカルユーザーインターフェース)は未体験。そこで、PMをIBMと共に開発したチームにGUI面を預けることとなり、Windows 3.0と同じ「プログラムマネージャ」を採用することになります。この他にもi860の問題やネットワークに関する実装など問題は山積み。そこでGates氏は、OS/2の責任者だったPaul Maritz(ポール・マリッツ:後にPivotalやVMwareのCEOを歴任)氏がWindows NTの責任者として着任させました(図05)。

図05 Windows 3.0で採用された「プログラムマネージャ」

Maritz氏は他の開発チームとバランスを取りつつ、Cutler氏が当初嫌がっていたテストチームを設置するなど、開発が円滑に進むようにさまざまなアプローチを行いましたが、それでも進行は芳(かんば)しくありません。そこでMaritz氏はGates氏やBallmer氏らにIBMとの決別を求め、最終的にはGates氏の判断でWindows NT上でOS/2アプリケーションが動作するような設計を加え(るとIBMには見せかけ)、OS/2開発チームをCutler氏の開発チームに移籍させました。ここで初めてCutler一家が開発していた将来のOSが、Windowsファミリーに加わったのです。

ソフトウェア開発者向けベータ版のリリースを1991年8月に設定した開発チームには、数多くの困難が待ち受けていました。その一つを取り上げますと、遅々として進まない進捗状況と多発するバグに辟易(へきえき)したCutler氏はチームに「ドッグフードを食べろ」と指示を出します。プログラマーなら一度は耳にしたことのある至言ですが、自分たちが作ったプログラムを使うことで、欠点や不十分さから目を背けることがなく、早急に品質を向上させることができる、というCutler氏流の発想でした。

さらにWindows NT開発の障壁となったのが、James "Jim" Allchin(ジェームス・オールチン)氏主導で開発が進められていたCairo(カイロ)と呼ばれるOSの存在です。話が脱線するので簡潔に紹介しますと、Cairoはアプリケーションというレイヤーではなく、情報というレイヤーからアプローチする近未来のOSを目指していました。最近は手あかの付いた感がありますが、"ユビキタス"を連想すると分かりやすいでしょう(図06)。

図06 Windows XPメディアセンターエディション2004を紹介するJames Allchin氏

そのCairoを実現するためには、それまでのファイルシステムでは足りないため、一種のデータベースエンジンを備えるファイルシステムでした。このアイディアはWinFSとしてWindows Vistaの開発版となるLonghorn(ロングホーン)に実装されましたが、最終的には見送られることになります。話はWindows NTに戻しましょう。Allchin氏はWindows NTの新しいファイルシステムであるNTFS(NT File System)の開発はCairoプロジェクトの妨げになると考え、Maritz氏に開発停止と開発陣の異動を求めますが、結果は軽い衝突が起きただけでした。

Windows NTの各機能を実装する場面ではトラブルが多発し、スケジュールは遅延に次ぐ遅延を重ねることになります。それでも1991年10月に開催されたコンピューター関連の展示会「COMDEX(コムデックス)」には、未完成のWindows NT(ビルド番号は1.239)を公開し、1992年7月に開催されたPDC(Professional Developers Conference)では、ソフトウェア開発者向けの予備的なベータ版をリリースしました。

このときビルド番号を、「3.10.297」とメジャー番号をOSに合わせて更新しましたが、開発チーム内の開発状況は芳(かんば)しくありませんでした。それでもPDCで配布するWindows NTは単なるデモバージョンではなく、実際にソフトウェア開発者が触れるOSです。ここで不安定な印象をユーザーに与えますと、開発チームは面目を失うと同時にWindows NTのイメージが二度と回復できなくなることになるでしょう。Cutler氏ら開発チームのプレッシャーは想像に難しくありません。

話が長くなりましたので、続きは後編に続きます。ナビゲーターは阿久津良和でした。次回もお楽しみに。

阿久津良和(Cactus

本稿は拙著「Windowsの時代は終わったのか?」を基に大幅な加筆修正を加え、公開しています。

参考文献

・A behind-the-scenes look at the development of Apple's Lisa(BYTE)
・Apple II(柴田文彦/毎日コミュニケーションズ)
・DIGITAL RETRO(ゴードン・ライング/トランスワールドジャパン)
History of OpenVMS
History of Windows
・IT業界の開拓者たち(脇英世/ソフトバンクパブリッシング)
・MS-DOSエンサイクロペディア Volume1(マイクロソフトプレス/アスキー)
OS/2の歩みを振り返る(元麻布春男の週刊PCホットライン)
・PC WAVE 1998年7月号臨時増刊 さらば愛しのDOS/V(電波実験社)
・Red Hat Linux 7.0 入門ガイド
Windows Vista開発史(Paul Thurrott/日経BPITpro/)
Windowsの歴史(横山哲也)
・Windowsプログラミングの極意(Raymond Chen/アスキー)
・Windows入門(脇英世/岩波新書)
History of OpenVMS(日本HP)
MSDN(Microsoft)
Wikipedia
・エニアック―世界最初のコンピュータ開発秘話(スコット・マッカートニー/パーソナルメディア)
・コンピュータ帝国の興亡(ローバート・X・クリンジリー/アスキー出版局)
・パーソナルコンピュータを創ってきた人々(脇英世/SOFTBANK BOOKS)
・パソコン創世記(富田倫生/青空文庫)
・ビルゲイツの野望(脇英世/講談社)
・月刊アスキー別冊 蘇るPC-9801伝説(アスキー)
・新・電子立国 第05回 「ソフトウェア帝国の誕生/NHK」
・闘うプログラマー 上下巻(G・パスカル・ザカリー/日経BP出版センター)
・僕らのパソコン30年史(SE編集部/翔泳社)
・遊撃手(日本マイコン教育センター)