―― プリント基板の設計も担当されたのですか?
羽方氏「基板は私の担当ではなかったですが、単層の非常に簡単な基板ですので、キーボードとその信号がもっとも簡単になるようなピン配置や、LSIの出力が交差しなくてもよいように、全体を見てレイアウトしました。
基板を見ると、完全にワンチップにするはずだったのですが、余計なチップが1つあります。これは蛍光表示管の各桁をドライブするICで、仕様上はなくてもよかったのですが、ギリギリの設計だったのでバッファとして入れました
また、それまでの電卓は縦型が多く、横型はほとんどありませんでした。カシオミニは横型で行こうという話になって、基板も横型で設計しましたが、縦型より横型のほうが設計しやすかったですね。カシオミニの全体をながめてみると、画期的な電卓を作るという当時の目標には、横型をはじめとした本体デザインもよかったと思います」
―― 回路設計ではどんなところが難しかったのでしょう。
羽方氏「論理回路そのものをANDゲートやORゲートで書くわけです。NANDをANDにしてしまったりとか、とにかくあらゆる『ミス』が怖かったです。
プリント基板の間違いならば、後で修正もききます。しかし、LSIの中身は手作業で修正できません。設計通りにLSIができているかどうかは、最初に工場から届いたサンプルを動かしてみるまで分からないのです。現在はシミュレーション技術があり、設計段階でチェックできます。しかし、その頃はありません。
例えば配線ですと、15層くらいのフィルムシートにカッティングして、はがしていきます。それを1枚はがし忘れたりとか、もちろん回路設計にミスがあっても、正しく動きません。設計依頼からサンプルまで4カ月かかりましたから、その間は祈るような気持ちです。
不摂生や悪いことをしているとバチがあたるかな、なんてことまで考えていました。LSIを作っていると、人間がきれいになるかもしれない(笑)。とにかく人がやることですので、どこでミスがあるか分からない、そういう緊張感に包まれながら開発をしてきました。幸い、サンプルは無事に動作し、カシオミニは1972年の8月に発売できました」
―― ダブルレングスを使った掛け算と小数点以下の表示もユニークですね。
羽方氏「カシオミニでは、掛け算の結果が12桁になった場合、ダブルレングスのキーを押している間は下6桁が表示され、離すと上6桁の表示に戻ります。回路を節約するために、本当にギリギリの設計だったんです。しかし逆に言うと、8桁どころか、12桁まで計算できるというアドバンテージでもあったのです。こういった機能を考えていくのは面白かったですね。
高性能の電卓はカシオミニ以前にも設計していましたが、性能も機能もそぎ落としていくところで、一番頭を使ったと思います。小数点がなくていいとか、小数点以下はダブルレングスを押して表示すればいいとか。それを回路にしていく過程では、頭の中で機能を描きながらやっていきました」
ダブルレングスキーの存在も見逃せない。7桁以上となる計算結果の表示に使う。例えば、カシオミニは小数点の入力ができないが、割り算の計算結果は小数点以下も表示可能。キーボードのダブルレングスキー(「0」の右横にある右向き三角ボタン)を押しっぱなしにしていると、小数点以下の数値が表示される |
―― 完成したときの手ごたえはいかがだったでしょうか?
羽方氏「樫尾俊雄(名誉会長・故人)が言っていましたが、優秀な計算機は誰でも作れる。しかし、人に喜んでもらえるものをどう作るかが一番大事だと思います。幸い、安くてどこでも使えるという目標は、カシオミニで達成できました。
発売直後にテレビを見ていたら、山の中でカシオミニを使って計算している人が出ていました。それまで電卓は事務所で使うものでしたが、山の中でも使っていただいているのを見て、本当に嬉しかったです。どこでも使えるという価値観を再確認しましたね。一方で、さらなる省電力化もやらなければいけないと感じ始めました」
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