―― 『誰もが手軽に使える』という基本的なコンセプトがあり、そこからカシオミニの具体的な仕様を固めていった流れをお聞かせ下さい。
羽方氏「個人が手軽に使えるには、小さくて乾電池で使えることが必要でした。カシオミニの前年に、乾電池で使える小型電卓を出されたメーカーさんもあったのですが、8万9,800円と高価だったこともあり、個人に広く普及するまでには至りませんでした。
ですので、小さくて、バッテリ動作で、しかも安い、というのが頭にありました。その過程で4桁(編注:計算可能な桁数)という発想が出て、4桁なら10,000円を切れるだろうと試算してみたのですが、4桁では10,000円が入力できないので個人向けの計算機としても難しいとなりました。
結局、4桁じゃダメだなということで、いろいろ考えました。4桁×4桁の計算でも100万を超えるので、本当はカシオミニの6桁でも足りないのです。しかし、入力は6桁あれば十分ではないか、そして桁数を減らすことで形状を小さくできる。桁数の表示に使う蛍光表示管も減らせるので、コストダウンができ、消費電力も抑えられる」
羽方氏「さらに小数点の入力もなくしました。家で小数点が必要になるのは、ほとんどが割り算をしたときだけです。小数点の入力はなくていいが、『10÷3』を計算すると『3.333…』が分かるようにすればよいとなりました。そこでダブルレングスのキー使い、最初は「3」と表示されますが、さらにキーを押すと『3.333…』と表示されるようにしました。思うに、アメリカに住んでいたら違ったかもしれません。なぜなら、$1.25といった計算が日常的にあるからです」
―― 当時の電卓のコストはどのくらいだったのでしょうか?
羽方氏「標準LSIが4,000円くらいでした。電卓としての定価を10,000円以下にするには、おおまかですが全体のコストを半分以下にしなければなりません。LSIが4,000円では話にならず、1,500円が目標になりました。さらに、電源以外は1チップ化することにして、目標がだいたい決まったんです。
あとはどうやって回路設計するかです。現在のLSIやCPUはマイクロプログラム(*)で動作していますが、当時は違い、電卓でマイクロプログラムを使うとコストが高くなってしまうのです。そこで、すべてANDゲートやORゲート、NANDゲートで実装しました。ゲート換算数で、4,000ゲートくらいになりました」
(*)マイクロプログラム
複数のシンプルなコンピュータプログラムを実装し、それらを組み合わせることで複雑な処理を実行する仕組み
羽方氏「最終的に4mm角のLSIチップに収まるように、方眼紙に回路を書きました。それが1971年の年末ですね。会社の大掃除なんてしなくてよいからと言われ(笑)、小さなビジネスホテルに泊り込んで設計しました。年明けにLSIの設計図が完成して試作となりましたが、半導体工場に試作を依頼するとき、発注仕様で6桁の電卓とばれないように、計測器のカウンターとしてお願いしましたね。しばらくして『本当は電卓でしょ』と言われたことを覚えています(笑)」
―― キーボードも苦労されたとのことですが。
羽方氏「コストが高いリードスイッチ式をやめて、副社長がバネ式のキースイッチを開発していましたが、これも苦労の連続でした。バネ式スイッチでは、バウンジングでチャタリング(編注:スイッチ切り替え時に、機械的振動で短時間にオンオフが繰り返す現象)が起きやすいんです。『1』を1回押しても、ときどき『11』と入力されてしまうのです。
副社長と一緒に、バネにグリスを塗ってみたらとか、材質を変えてみたりとか、昼も夜も対策を考えていましたね。最終的には、チャタリングが起きても二重打ちにならないような回路を入れました」
カシオミニのキーボードは、現カシオ計算機副社長の樫尾幸雄氏が設計し、大幅なコストダウンを実現した。1つのキーを押したとき、バネの振動で同じ数字が連続して入力されてしまう現象(チャタリング)を解消するため、本当に苦労したという |
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