理化学研究所(理研)と東京大学(東大)は8月20日、酸化物磁石の極性(N極、S極)を電場だけで反転させることに成功したと発表した。

成果は、理研基幹研究所 交差相関物性科学研究グループ交差相関物質研究チーム 徳永祐介基幹研究所研究員、田口康二郎チームリーダー、十倉好紀グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)と、東京大学大学院新領域創成科学研究科 有馬孝尚教授らによるもの。科学雑誌「Nature Physics」のオンライン版に8月19日付け(現地時間)で掲載された。

強磁性体(磁石)と強誘電体は、エレクトロニクス材料として広く応用されており、中でも、強磁性と強誘電性を併せ持つマルチフェロイック物質が注目されている。これらの物質の中には、強磁性体としての性質と強誘電体としての性質がお互い強く結びついているものがあるため、電場により磁化の方向を、磁場により電気分極の方向を制御できる可能性があるという。

また、電流による磁化方向の制御が試みられているが、大電流が必要なため、発熱量が大きくなり高い電力消費を伴う。これに対し、強誘電体のような絶縁体での電場による磁化方向の制御ではほとんど電流を流す必要がなく、消費電力が小さいと考えられている。このため、マルチフェロイック物質を用いて電場により磁化を制御できると、低消費電力のメモリデバイスなどへの応用が可能になると期待されている。しかし、これまでのマルチフェロイック物質では、外部から電場を加えずに、磁場だけで電気分極を反転させた例はあるものの、外部から磁場を加えずに、電場だけで磁化の反転に成功した例はなかった。

今回、研究対象とした「希土類オルソフェライト」は、希土類元素と鉄、酸素からなり、室温では鉄の電子スピンが規則的に配列して磁石の性質(強磁性)を示す。2009年に研究グループは、この一種であるガドリニウムフェライト(GdFeO3)結晶が、ガドリニウム(Gd)のスピンが整列する温度-270.65℃以下になるとマルチフェロイック物質になることや、電場により電気分極を反転させると磁化が部分的に反転することを報告していた。しかし、電気分極と磁化の結びつきが弱いため、磁化の反転量は最大でもこの物質の持つ強磁性成分全体の数%以下と小さく、ほとんどは電気分極だけが反転してしまい、結晶全体の磁極反転には至らなかった。今回、ガドリニウムフェライトのガドリニウムを別の希土類元素であるジスプロシウム(Dy)とテルビウム(Tb)に置き換えることにより、磁化と電気分極の強い結びつきが実現するのではないかと予想し、「ジスプロシウム・テルビウムフェライト(Dy0.70Tb0.30FeO3)」を作製し、電場による磁化の反転の実証を行った。

強誘電体における電気分極の反転は、分極と逆向きに電場を印加してゆくと分極が電場の方向を向いた微小な領域(分域)とそれを囲む分域壁が生成され(核生成)、この微小な分域を拡大するように分域壁が結晶中を運動(伝搬)することで起こる。マルチフェロイック物質には、この通常の分域壁と、分域壁が同時に磁壁にもなっているマルチフェロイックドメイン壁の2種類が存在する。そこで、マルチフェロイックドメイン壁だけを通じて電場で電気分極を反転させることができると、それに伴い磁化も反転すると考えた。

また、2009年の成果から希土類オルソフェライトでは通常の分域壁の核生成・伝搬のしやすさには希土類イオンの持つ磁気モーメントの反転しやすさが関係し、一方、マルチフェロイックドメイン壁の核生成・伝搬のしやすさには鉄イオンの持つ磁気モーメントの反転のしやすさが関係していることを理論的に突き止めていた。磁気モーメントの反転しやすさは、磁気モーメントが特定の方向に向きたがる性質(磁気異方性)が強く関連することが知られている。

研究グループは、通常の分域壁よりもマルチフェロイックドメイン壁の核生成・伝搬を生じやすくすることで、電気分極と磁化の結びつきを強化することを目指した。この目的のために、元素置換により、磁気異方性が小さく磁気モーメントが反転しやすいガドリニウムを、磁気異方性が大きく磁気モーメントが反転しづらいジスプロシウムとテルビウムに置き換えたDy0.70Tb0.30FeO3の単結晶試料を作製した。

図1 ジスプロシウム・テルビウムフェライトの単結晶。合成した希土類オルソフェライト単結晶「ジスプロシウム・テルビウムフェライト(Dy0.70Tb0.30FeO3)」の薄片試料(赤色部分)。薄くすると赤く透き通る

その性質を調べたところ、室温では鉄の磁気モーメントが規則的に配列することから強磁性であること、また、-270.5℃以下ではジスプロシウムとテルビウムの磁気モーメントが規則的に配列し、強誘電性を併せ持つマルチフェロイック物質になることを確認した。さらに、-270.65℃において、外部から電場を印加し、電気分極を反転させたところ、磁化も反転していることを確認した。

図2 電場による磁化の反転。結晶に印加する電場を階段的に+→0→-→0→+・・・と変えて繰り返し反転させると(上、赤線)、電気分極が反転して(中、緑線)磁化も反転する(下、青線)。磁化は電場をゼロにしても、その状態を保っている。測定は外部から磁場を印加しない状態で、-270.65℃の環境で行った

電気分極の反転に用いる電場の印加速度を変えて磁化の反転率を詳しく調べたところ、印加速度を速くしたときには強磁性成分の90%以上が反転しており、印加速度を遅くしたときには磁化は反転しないことが分かった。

図3 磁化反転率の印加電場パルス幅依存性。a:分極と磁化の極性を正に揃えてパルス幅τの負の電場パルスを印加し、電場パルス印加後の磁化を測ることで磁化反転率の電場パルス幅依存性を調べた。パルス幅が1秒程度より短いときには90%以上の磁化が反転するが、それより長いときには磁化反転が起こらない。測定は外部から磁場を印加しない状態で、-270.65℃の環境で行った。b:パルス幅が短い(電場の印加速度が速い)ときの磁化反転の模式図。パルス電場を印加すると、電気分極が反転すると同時に、結晶全体の磁極(N極とS極)も反転する

これは、Dy0.75Tb0.25FeO3の場合、電場の印加速度が遅いと通常の分域壁の核生成・伝搬で電気分極の反転が起こり磁化は変化せず、一方、電場の印加速度が速いと通常の分域壁が電場の変化に対して追随できなくなり、結果としてマルチフェロイックドメイン壁の生成・伝搬が生じ、電気分極の反転と同時に磁化の反転が起こることを示している。

図4 電場による磁化反転の模式図。a:電場の印加速度が遅い場合。分極と逆向きの電場を印加していくと電場に平行な分極を持った微小な領域(分域)とこれを囲む通常の分域壁が核生成し(2)、この微小領域を拡大するように分域壁が伝搬して(2~3)、最終的に結晶中の分極が全て反転する(4)。この過程では磁化の方向は反転せずに保たれる。b:電場の印加速度が速い場合。分極と逆向きの電場を印加してゆくと電場に平行な分極を持ち、なおかつ周囲と逆向きの磁化を持った微小領域とこれを囲むマルチフェロイックドメイン壁が核生成し(2)、この微小な領域を拡大するようにマルチフェロイックドメイン壁が伝搬することで(2~3)、最終的に結晶中の磁化と分極が全て反転する(4)

つまり、元素置換や電場印加速度の制御により、2種類の分域壁のうち、マルチフェロイックドメイン壁だけを選択的に核生成・伝搬させることが可能となった。その結果、結晶全体の磁極(N極、S極)を電場だけで反転させることに成功した。今回の成果は「いかにして電気分極と磁化をより強く結びつけるか」について1つの知見を与えるものと言える。電場により、磁化を自在に制御できるマルチフェロイック物質の開発への重要な設計指針を与えるものとなった。今後、この知見をもとに一般に扱いやすい温度で動作するマルチフェロイック物質が開発できれば、電場で磁気情報を書き換えることが可能な省電力メモリデバイスなどへの応用が期待できるとコメントしている。