ATLAS(A Troidal LHC Apparatus)実験およびCMS(Compact Muon Solenoid)実験の研究グループは2011年12月13日(欧州時間)、欧州素粒子原子核研究所(CERN)にて開催したセミナーにおいて、標準理論の予言するヒッグス粒子の探索に関する現状報告を行った。
これらの実験はCERNが2009年に稼動させた大形ハドロン衝突型加速器(LHC)を用いて行われ、現在までに目標にしていた積算ルミノシティ1fb-1を大きく超えて、それぞれ約5fb-1のデータを収集しており、両実験はこれらのデータをもとにヒッグス粒子の探索を進めてきた。すでに8月の国際会議で1~2fb-1のデータを基にした結果を発表しており、ヒッグス粒子の質量の範囲を115-141GeV/c2の狭い領域と476GeV/c2以上の領域へと絞り込みがされており、今回の発表では、これをさらに進め、116から130GeVの領域(ATLAS実験)、115から127GeV(CMS実験)にある可能性が示唆されたとしている。
ヒッグス粒子は、1964年にエディンバラ大学の理論物理学者ピーター・ウェア・ヒッグス氏が提唱した、素粒子の「質量の起源」を説明する電弱理論における対称性の破れによるもので、ヒッグス場を量子化することで得られる粒子。ヒッグス場によって質量を獲得する機構(ヒッグス機構)では、宇宙誕生の最初期状態ではすべての素粒子が自由に動き回れ、質量がなかったが、素粒子がヒッグス粒子と相互作用することにより(自発的対称性の破れ)、抵抗力を受け、それにより素粒子が動きにくくなる(質量を持った)と考えられてきた。
ヒッグス粒子は、存在するとしても、極短時間の寿命であり、さまざまなモードで崩壊する。そのため確認するためには、そうして崩壊した粒子を調べることで行われ、ATLASもCMSもいくつかの崩壊過程を探索した結果、これまでに排除されていない低い質量領域において、バックグラウンドよりも若干多めの事象(事象超過)を観測したという。
ただし、それぞれの事象超過はそれほど際立っていないとのことで、確率的にも6面体のサイコロを2回投げて、2回とも6が出る程度としている。その一方で、2つの実験ともにさまざまな崩壊過程の探索結果で、ヒッグス粒子の質量として124~126GeVの領域を示しているものが複数あることも指摘している。CMS実験の代表者であるグイド・トネリ氏も「5つの独立な崩壊過程を調べ、いずれからも115~124GeVの間の質量領域に標準理論のヒッグス粒子が存在すること否定できない」としているが、現在のデータ量では確実なことを言うことはできず、「単なるデータのふらつきの可能性も考えられるし、ヒッグス粒子によるとも考えられる」として。
2つの光のエネルギーや運動量からm2=E2-p2でもとめた質量 |
2つの光のエネルギーや運動量からmT2=E2-pT2でもとめた横方向質量 |
4つのレプトン(e,μ)のエネルギーや運動量からm2=E2-p2でもとめた質量 |
2実験のデータ解析については、今後数カ月の間に改善が進められ、2012年3月の素粒子物理関連の国際会議にて新たな進展を発表する予定としているほか、ヒッグス粒子が存在するかしないかについても、さらにデータを収集、解析することで、2012年の後半には最終的な回答を出せるものとしている。
なお、標準理論は素粒子とそこに働く力とを記述する理論であり、通常の物質の説明は可能だが、宇宙の質量の96%を占めると言われる見えない物質の説明はできないことから、量子色力学、電弱相互作用と重力の統一理論を作る答えにはならない。そのため、研究チームでは、ヒッグス粒子の研究を進め、多くのヒッグス粒子の生成し、その崩壊を精査していくことで、新しい物理を切り開く可能性があるほか、仮に存在しないと判明した場合でも、2014年以降のLHCの設計値のエネルギーでの実験において、新しい物理が見えてくる可能性が高くなるとしている。