東京大学大学院工学系研究科の十倉好紀教授らの研究グループは、新スピン構造体(スキルミオン結晶)の直接観察に成功したことを発表した。2010年6月17日(英国時間)発行の英国科学雑誌「Nature」に掲載された。
固体中では原子が規則的に配列しているが、それ以外に、電子軌道やスピンの配向などの秩序状態がしばしば観察されている。これらの秩序を制御することで、特異な物理現象、例えば巨大磁気抵抗効果や巨大異常ホール効果の創成が期待されているが、これを実現するためにはスピン秩序状態やその温度、磁場依存性などを知ることが課題となっている。スキルミオン結晶と呼ばれているナノスケールの磁気(スピン)構造は、外部磁場によって形成された新しいスピン構造で、立方晶構造を持つらせん磁性体MnSiで、中性子線を使った回折実験によってスキルミオン結晶の存在が示唆されていたが、非常に不安定で、30Kの温度付近しか現れず、直接観察は困難だった。
モンテカルロシミュレーション法による2次元スキルミオン結晶(左)と1個のスキルミオンの図(右)。白の矢印はスピンの方向を示す。2次元スキルミオン結晶は、渦巻き上のスキルミオン(右図)が2次元の格子を作る。各スキルミオンは、外側のスピンは垂直方向に揃い、回転しながら中心に凝縮。中心部のスピンの向きは外側のスピンと反対の方向となっている |
今回の研究では、らせんスピン構造を持つらせん磁性体Fe0.5Co0.5Siに着目。外部磁場の制御によって、2次元スキルミオン結晶を実現したほか、ローレンツ顕微鏡法を用いて、2次元スキルミオン結晶の直接観察にも成功した。この結果、2次元スキルミオン結晶の生成や消滅を詳細に直接観察することができた。
また、2次元スキルミオン結晶は従来見いだされていた3次元スキルミオン結晶より広い温度範囲で存在することを発見。このことから室温付近までこの2次元スキルミオン結晶が存在すると考えられることとなり、これらの結果により、らせん磁性体を用いた新規物性の創製やスピントロニクスの新たな展開が期待されることとなった。
Fe0.5Co0.5Siは、無磁場では40K以下でスピンがらせん構造を持つらせん磁性体。スピンをらせん回転させながら特定方向に90nm程度の周期を持って進行するらせんスピン構造を持っており、25Kで膜厚20nm程度のらせん磁性体薄片試料にローレンツ電子顕微鏡で電子線の透過像を撮ると、周期的に規則正しい縞状パターンが観察でき、この縞の周期はらせんスピンの周期90nmと一致する。この温度で、200ガウス程度の弱磁場を印加すると、らせんスピン構造(H)とスキルミオン(Sk)の混合状態が形成される(H+Sk)。
さらに磁場強度を増加させ500ガウスに達した時点で、らせんスピン構造が消失、六回対称の周期性を持つスキルミオン結晶が形成されり(SkX)。700ガウス付近でスキルミオンの密度が減りはじめ、スピンが揃った強磁性(FM)とスキルミオンの混合状態が現れる(FM+Sk)。800ガウスまで磁場を増加すると、スピンが一方向に揃った強磁性(FM)に変わったという。
ローレンツ電子顕微鏡法によって得られた2次元スキルミオン結晶(左)とモンテカルロ法シミュレーションで得られた2次元スキルミオン結晶図(右)。2次元スキルミオン結晶は六回対称の綺麗な電子パターンを示している。モンテカルロ法シミュレーションでもこの格子対称性が説明される |
これらのスキルミオンの直接観察から得られたスピンの温度と磁場の依存性を、5Kから40Kまでの温度領域において示すと、MnSiの3次元のスキルミオン結晶が30K付近の狭い温度領域にのみ存在するのに対して、今回の研究で直接観察した2次元スキルミオン結晶は5Kから30Kの広い温度領域に存在していることが明らかになった。
なお、研究チームでは、今後は、今回の研究で見いだされたローレンツ電子顕微鏡法によるスキルミオン結晶の直接観察手段と、比較的安定して存在する2次元スキルミオン結晶の性質を利用して、さらに広い温度範囲で安定な2次元スキルミオン結晶の設計や製作を展開するとしており、弱磁場で創製される2次元スキルミオン結晶を制御することよって、HDDなどに用いられる高感度磁気センサなどのスピントロニクスの分野に新たな道を開くことが期待されるという。