ANAグループのデジタルマーケティングを担うANA X株式会社は、TealiumのCDP(Customer Data Platform)の活用による「パーソナライズ施策」を推進している。その原動力となっているのは、「マス広告だけでは通用しない」という気づきだ。

ANA Xはどのようにして社内に新たなマーケティングの文化を根付かせ、次々と施策を展開するスピード感を獲得したのだろうか? TealiumのCDPを基盤とした、新たな顧客コミュニケーションの最前線について紹介する。

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    (左から)ANA X デジタルマーケティング部 デジタル戦略チーム 南雲浩二氏、デジタル戦略チーム リーダー 大日向健人氏、デジタル戦略チーム マネジャー 松山啓子氏

航空会社の「おもてなし」をデジタルで実現するには?

2016年にANAグループの一員として創業し、2021年に旅行事業を承継してプラットフォーム事業会社としての新スタートを切ったのがANA X株式会社だ。航空券はもちろん、旅行商材やANAカード、ANA Pay、ANA Mallなど、多様なサービスのマーケティングを展開している。

約4,200万人ものマイレージクラブ会員データと、Webサイト・メール・SNS・アプリといったデジタルタッチポイントを駆使しながら同社が注力するのは、「パーソナライズドコミュニケーション」。顧客一人ひとりのニーズに合わせたコミュニケーションを提供することだ。

顧客満足にこだわり続けてきたANAグループは、デジタルの世界でも「おもてなし」を実現する方法を模索してきた。大きな契機となったのは、Tealiumとの出会いである。デジタル上の顧客行動をリアルタイムで検知できるTealiumのCDPならば、顧客の「今、その瞬間」に合わせたメッセージを個別に提供できる。まさに、「おもてなし」にふさわしいツールとして受け止められた。

しかし、TealiumのCDPを導入したものの、ANAグループ全体にコンセプトを理解してもらうには数年かかったと、デジタル戦略の責任者である大日向健人氏は振り返る。

(写真)ANA X デジタルマーケティング部 デジタル戦略チーム リーダー 大日向健人氏

ANA X デジタルマーケティング部 デジタル戦略チーム リーダー 大日向健人氏

「航空会社としての役割は、飛行機を用意し、大勢のお客様を乗せて、時間通りに安全に飛ばすことです。同時に、Tealium導入当時のANAはCMといったマス広告がコミュニケーション中心で、それによるブランド認知も高かったため、パーソナライズしてくことの理解を得ることは、とても時間がかかりました」(大日向氏)

当時パーソナライズ施策の企画・実施を担当していた松山啓子氏は、TealiumのCDPと出会う前は「マスマーケティングが主流だった」と言う。

「かつての私たちは、『広告はなるべく大勢に配信した方が良い。ターゲットの絞り込みをすると対象者が減ってしまう』という考えでした。しかし、実際にパーソナライズ施策をしてみると、効果が明らかに違います。TealiumのCDPを活用することによって、『適切なタイミングで適切なメッセージを提供することで、お客様にしっかり響くんだ』という、新たな気づきを得ることができたんです」(松山氏)

(写真)ANA X デジタルマーケティング部 デジタル戦略チーム マネジャー 松山啓子氏

ANA X デジタルマーケティング部 デジタル戦略チーム マネジャー 松山啓子氏

顧客行動に基づいたリアルタイムなパーソナライズ施策は、効果が跳ね上がると、松山氏は続ける。

「たとえば、『空席照会』のみで航空券を買われなかった方に対して、素早くもう一度メールを送ったり、Webサイト上に特定のバナーを掲載したりすると、開封率・クリック率・コンバージョン率が目に見えて上がるんです。TealiumのCDPを使えば、今までにないことが起きる。そんな理解が広まると、社内のアイデアが一気にTealiumへと向かっていきました」(松山氏)

こうしてANA Xでは、TealiumのCDPを中核にした、リアルタイム×パーソナライズなデジタルコミュニケーション体制が築かれていった。

データガバナンス強化で「安全なマーケティング」へ

TealiumのCDPが本格的に運用されてから数年が経つと、ANA Xには新たな課題が浮かび上がった。それは「コストとガバナンス」だったと、大日向氏は語る。

「2021年当時はパーソナライズ実行体制の立ち上げ期でもあったため、パーソナライズ施策の実装、検証を外部委託しており、年間数億円のコストがかかっていました。また、さまざまなプロジェクトでTealiumのCDP活用が進む一方で、データガバナンスが未整備だったために、お客様にメッセージを誤配信してしまうというインシデントも起きてしまっていました。余分なコストを抑えつつ、『安全なマーケティング』を実施していくために、運用内製化にシフトしていったのです」(大日向氏)

ガバナンス強化をミッションに、マーケティングシステムのアーキテクトを担当する南雲浩二氏は、着任当時を思い出してこう振り返る。

(写真)ANA X デジタルマーケティング部 デジタル戦略チーム 南雲浩二氏

ANA X デジタルマーケティング部 デジタル戦略チーム 南雲浩二氏

「Tealiumを活用した施策は1,000あまりに増えており、どの施策が稼働していて、どの施策が終わっているのかが分からなくなっていました。そこでまずは施策を一つひとつ紐解き、データの棚卸しをするところから始めていきました。また、Tealium社からのサポートを受けながら、無駄な属性値を省きCDP運用コストを最適化する『Tealiumダイエット』も実施しました。

ツールの活用が進むのは良いことですが、正確なデータが取得できなかったり、意図しないコストが発生したりすることは避けなければなりません」(南雲氏)

内製化によって、ANA Xにおける施策の実行スピードは数倍にもなった。従来は1、2ヶ月かかっていたものが、約2週間にまで短縮できたのだ。デジタルマーケティングは、顧客の反応を見ながら臨機応変に対応していくことが肝要だ。同社は、より素早く施策のPDCAサイクルを回すことが可能となった。

さらにANA Xでは、「どのようなデータが活用可能なのか?」「さまざまなマーケティングツールはどう活用できるのか?」といったテーマの勉強会が社内で開催されるようになり、チーム全体でナレッジが高まる体制になっている。

ANA Xが目指すリアルタイム体験の未来

TealiumのCDP導入から8年。ANA Xは日増しに活用を深化させてきた。従来のマーケティング領域にとどまらず、一人ひとりの顧客に向けた「おもてなし」として機能し始めている。

「TealiumのCDPはとても柔軟なツールで、マーケティング領域のみならずさまざまな場面で活用しています。例えば『緊急時のお客様インフォメーション』もそのひとつです。国際線では、入国手続きなどが急遽変わることがあるのですが、その場合は、該当地域へ行く路線を予約された方だけに、新しい手続きの方法をご案内しています。航空券の予約システム自体を変更するとなると、数ヶ月ほどかかってしまいますが、TealiumのCDPをうまく使えば、マーケティング側だけで表現を修正できるので、とても助かっています」(松山氏)

ANA Xがマーケティングコミュニケーションを実施する上で重視しているのは、「お客様視点」だ。

「パーソナライズさえすればいいという訳ではありません。気になるホテルや商品のクーポンをお客様が受け取ったときに、空室や在庫が無かったら、余計にがっかりしてしまうでしょう。広告に対する不信感を払拭していただけるよう、部全体での品質チェックを心がけています」(松山氏)

「『押し売り』ではなく、お客様にとって凄く価値があるものを提供していきたい」と、大日向氏は、今後の展望についてこう語った。

「我々が目指しているのは、お客様目線でのハッピーな体験です。そのために、自動化とAI活用によって、より細やかなパーソナライズをしていきたいと考えています。現在は、あらかじめ考えたパターンでしかオファーできていませんが、お客様一人ひとりの行動履歴に応じて、リアルタイムにAIが考え、喜んでいただけるようなオファーができるよう取り組んでいます。

こうした体験を実現するには、お客様の行動を正確に検知することが不可欠です。さまざまなAIにも連携可能なTealiumのCDPをパーソナライズコミュニケーションの中核として、さらなる運用改善に取り組んでいきます」(大日向氏)

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