大林組がこれまで人手で行っていた山岳トンネルの掘削工事における掘削面(切羽)にディープラーニングを適用し、効果を上げ始めている。MathWorksのコンサルティングとMATLABを活用して、69〜89%という高い的中率で切羽を評価できるようにした。2018年度中の実用化に向けてシステムを開発中だ。
山岳トンネルの岩盤評価にディープラーニングを活用
東京駅や大阪城(復興天守)、東京スカイツリーなど、1892年の創業以来、国内外の著名な建築物を数多く手がけてきた大林組。現在は、建築、土木、開発、新領域の4つの事業を柱に、「ゼネコン」の枠にとらわれない事業展開を続けている。
建築や土木には、先進技術の活用が欠かせない。大林組も中期経営計画2017でIoTやAI、ロボットなどの技術を積極的に活用することを掲げ、さまざまな分野で実践している。山岳トンネルの掘削工事における掘削面(切羽)のディープラーニングによる画像解析もその1つだ。同社 技術研究所 地盤技術研究部 部長の畑浩二氏は、AI技術を活用するに至った背景についてこう話す。
「日本列島は急峻な地形形状とともに非常に複雑な地質構造を成しています。そのため、建設工事では、断層破砕帯や突発湧水といった極めて施工が難しい事態に遭遇することが少なくありません。山岳トンネルの掘削面を切羽と呼びますが、工事では切羽をよく観察し、地質の性状を読み解くことが求められます。従来は現場技術者が行ってきたこれら業務に、専門知識を学習させたディープラーニングを適用できるのではと考えたことが取り組みのきっかけです」(畑氏)
岩盤の切羽の評価は、地質専門家や数多くの観察を経験した者が携わりながら施工現場で行うのが理想的だ。地質の性状に合わせて数m〜数十mごとに切羽を写真に収め、その色や形などを見て、断層が破砕されないか、突発的な湧水が吹き出さないかなどを判断していく。不適切な評価をくだせば工事の遅れや事故にもつながりかねない。特殊な技能と経験が要求される世界だ。
ただ、人手不足や高齢化といった問題は、建設工事や土木工事にも影響を与えており、切羽観察の技能や経験を持つ技術者や技術者をサポートする地質専門家の不足が懸念されている。そんななか大林組は、AIを活用することで、知識や経験、専門家の不足を補い、より安全でスピーディーな工事を実現することを目指したのだ。
2000枚の切羽画像を教師データとして学習
畑氏はまず、研究開発のコンセプトとして「現場技術者をサポートできる地質専門家と同程度の評価をAI技術で行うこと」を掲げた。実は、大林組では1990年代前半から、山岳トンネル工事に画像処理やエキスパートシステムなどの技術を適用して、切羽の挙動計測作業の省力化や解析作業の高度化に取り組んできた経緯がある。それら画像処理やエキスパートシステムの推進役となったのが畑氏であり、これまでの経験から、AIをシステムとして現場に適用することの難しさも感じていた。
「切羽観察の課題は、地質学の専門家でなければ総合的に評価することが難しい点にありました。社内の専門部署が判断するため評価に時間と労力もかかります。そうした難しさを経験していたこともあり、今回のAIの取り組みも厳しいものになると考えていました」(畑氏)
取り組みとしては、過去の切羽画像と評価値を教師データとして学習させ、ディープラーニングで特徴量を抽出して、評価するというものだ。特徴量抽出のアルゴリズムにはAlexNet(ディープニューラルネットワーク:DNN)を用い、分類フェーズでSVM(サポートベクターマシン)を使用した。
「利用したアルゴリズムや構築モデルは、ディープラーニングの基礎とも言えるものです。基礎的なモデルで特殊なチューニングなど行わずに評価することで、AIがどのくらい施工現場で力を発揮するのかを判断するねらいがありました」(畑氏)
現場で切羽画像を評価する際に、大林組では7つの項目を利用している。切羽の「強度」「風化変質」「割目間隔」「割目状態」「走向傾斜」「湧水量」「湧水による劣化度合」だ。今回の取り組みでは、これらのうち風化変質、割目間隔、割目状態の3項目を評価した。また、学習データと検証データは、6現場70ヵ所から取得した画像3182枚を利用した。70%を学習に利用し、残りの30%を評価に利用するかたちだ。
実際にProof of Concept(以下,PoC)を実施してみると、期待をはるかに上回る結果が得ることができたという。畑氏は「これには大変驚きました」と振り返る。
MATLABのディープラーニングツールを活用
畑氏がディープラーニングを行うために採用したのはMATLABの「Neural Network Toolbox(2018年9月よりDeep Learning Toolboxに名称変更)」だ。MATLAB自体は、以前から研究開発で用いており、MathWorksと協業して、山岳トンネル工事で切羽崩落を検知するためのシステム「ロックフォールファインダー」を開発している。
「ロックフォールファインダーでは画像解析のアルゴリズムでMATLABを利用しています。そのつながりのなかから、MATLABが画像処理だけでなく、ディープラーニングの機能を提供していることを知り、相談をはじめたのがきっかけです」(畑氏)
MathWorksとの相談のなかで、AlexNetによる特徴抽出やSVMによる分類、前処理の方法などを整理していった。AlexNetのような単純明確な初期型のアルゴリズムでPoCを行うという提案もMathWorksとの相談のなかで生まれてきたものだという。画像の前処理については、畑氏はこう説明する。
「従来は切羽の画像を上方、左右の3領域に分割して平均的な評価をしていました。これは人間が目で見て判断するためです。今回のシステムでは、画像の領域を227×227ピクセルごとに細分化し、切羽を個別の領域ごとに評価します。撮影時の画素数にもよりますが、500万画素の場合には約70領域、1000万画素の場合には約130領域に細分化できます。人間が判断するのと違い、即座に細部まで評価できるため、工事の安全性と経済性が向上します」(畑氏)
実際のシステム開発では、MathWorksのコンサルティングサービスを利用しながら、必要な機能を実装していった。畑氏はMathWorksの対応について「われわれの意図を汲みとって的確な提案をしていただけます。エンジニアの技術力も高く、何かお願いをしても、期待以上の回答をすぐに返してもらえる。学術的な観点で見ても、研究開発の方向性を理解し、山岳トンネルの修正設計を理解していただけるなど、非常に優秀な方がそろっていると感じました」と高く評価する。
MathWorksが建設業界での実績があることに加え、他のさまざまな業界における知識やノウハウがあることは、現場での使い勝手のよいアプリケーションを設計するうえでも役立つという。
2018年度中に高精度の切羽評価システムを完成予定
畑氏が期待以上と感じたディープラーニングを使った予測評価の結果は、的中率が7〜9割というものだった。具体的には、風化変質(4分類で評価)の的中率が87%、割目間隔(5分類で評価)が69%、割目状態(5分類で評価)が89%だった。
「たとえ的中率が6割であっても、その結果に合わせて現場に適用していくことができます。それがものによっては9割という的中率が得られた。これは使い方によっては十分実用に耐えるということです。他の4項目についても適正性を検討し、試行モデルから実用化に入っていきます」(畑氏)
この結果は、学会や業界内からも注目を集め、今後のシステム開発に対して大きな期待が寄せられているという。畑氏はAI導入のポイントとして「解決したい問題の要点を理解し、その方法を選定すること」を挙げる。
「何をやりたいのかを検討し、その解決策としてAIが合っていれば活用していくという姿勢が大切です。AI導入の課題としては、内製化するかアウトソーシングするか、費用対効果をどう考えるか、処理のブラックボックス化にどう対応するかなどがあると思います。目的に合わせて手段の1つとしてAIを活用することで、こうした課題は解消できる可能性が高まります」(畑氏)
畑氏は現在、教師データの見直しなど、前処理から特徴抽出、分類までのフェーズでそれぞれ課題を見つけ、改善している。2017年度内には7つの評価項目を基にした新システムを設計し、その後の実証などを経て2018年度にさらに精度を高めた切羽評価システムを完成させる予定だ。
「AIを問題解決の効果的な道具にするためには、必要かつ適正なデータをそろえ、どう結果をだし、それをどう評価するかをデザインすることが大事です。今回の結果を受けて、次の取り組みに生かしていきます」(畑氏)
大林組では、Society 5.0を目指すためのコア技術としてIoT・AIの活用を積極的に進めている。例えば、これまで管理者が行っていた建設現場の工程管理を、ディープラーニングを活用して自動化する工程認識AIや、AIを活用して建物利用者一人ひとりへの最適な環境の提供と、きめ細やかな建物制御による省エネルギーを実現するスマートビルマネジメントシステム「WellnessBOX」、建物のあらゆる情報を集約し、建物管理業務を効率化・高度化すると共に建物情報を活用した新たなサービスを生み出すプラットフォーム「BIMWill」などがある。今後も、AIやICT技術を積極的に活用し、技術者不足問題の解決や工事の安全性、経済性の向上に寄与すると共に施設利用者の安全・安心、そして快適の実現に向けて技術開発を進めていく。
[PR]提供:MathWorks Japan(マスワークス合同会社)