AIを医療のさまざまな領域に適用する動きが進んでいる。国内において、そうした「医療AI」の取り組みをリードしている医療機関の1つが国立大学法人 大阪大学医学部附属病院(以下、阪大病院)だ。 「Futurability 待ち遠しくなる未来へ」をコンセプトに、高度で安心な医療という患者の期待と、医療従事者の負担を減らすことを両立するため、AI技術を使い、患者にも医療従事者にも恩恵のある病院にしていくことを目指している。

今回、MATLABをはじめとしたMathWorksの製品・サービスを通じ、医療にAI技術を活用する三吉範克医師(大学院医学系研究科学部内講師、大阪府立病院機構 大阪国際がんセンター がん医療創生部 プロジェクトリーダー)に話を聞いてみた。

  • 三吉医師

    三吉範克医師

AI技術を応用し、医療に革新を起こす

阪大病院は2018年に、国が推進する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」に採択され、「AI(人工知能)ホスピタルによる高度診断・治療システム」の取り組みを推進。また、AIを病院のさまざまな場に実装する「AI基盤拠点病院」の構築を目指し、大阪大学医学部附属病院AI医療センターを開設し「病院のAI化」を進めている。

阪大病院には、AI技術を医療分野に応用する15を超えるAIシーズ研究が存在しているという。例えば、X写真や内視鏡、眼の画像を解析し診断を支援するAIや、認知症や高齢者の体力の衰えをより簡単な検査で評価できるAIなどだ。

このなかで、MATLABとDeep Learning Toolboxを用いて「内視鏡画像や手術画像を用いた消化器がん診断・支援AI」を開発し、手術前の診断および手術シミュレーションやナビゲーション手術への展開を進めている三吉氏はこう話す。

「2015年頃から新しい手術機器を作るために3Dデータを使い始めました。また、同じ頃、ディープラーニングの技術を使って患者の臨床情報からがんのステージを予測する予測モデルを作る取り組みもスタートしました。2017年からは大阪大学としてAIホスピタル事業に取り組む中で、画像データからディープラーニングで予測モデルを作るようになります。それらの取り組みの延長線上にあるのがAIナビゲーション手術です。内視鏡や腹腔鏡、ロボット手術の画像をAIの予測モデルで解析し、どのようにがんを切除すればよいかを手術前にナビゲーションします」(三吉氏)

経験豊富な医師の技術を、AI予測モデルによって転用可能に

AIナビゲーションを利用すると「最も安全に組織を剥離でき、病巣部に到達できるエリア」を画像で確認することができる。三吉氏は開発の狙いをこう話す。

「経験豊富な医師は、手術の経験数が多くなると、手術中に『おそらくここはこう切ったほうがいい』『この部分は触らないほうがいい』といった予測をし、手術を進めていきます。これは、過去の経験から予測モデルを頭のなかでその都度作り上げるようなものです。経験が少ない医師はこうした予測モデルを作ることができず、判断の迷いや遅れにつながります。そこで、さまざまな画像を教師データにして予測モデルを作成すれば、経験の少ない医師でも経験の多い医師の判断の支援を受けて手術をスムーズかつ安全に進めることができるのでは、と考えました」(三吉氏)

画像データは、CTやMRI検査を行なうことで収集できる。画像データから骨格や臓器の3Dデータを作成し、手術前に目で見て確認することもできる。これまで三吉氏は3DデータをVRゴーグルで確認できるようにし、手術台を模した会議室の机の上に拡張現実(AR)空間を投影させたりメタバースを使って学生やコメディカル向けの教育やトレーニングに生かす取り組みも行なってきた。(図1、2)

  • VR画像1

    図1

  • VR画像2

    図2

「手術前にVRゴーグルを自分で装着し、VR空間上で3Dデータを拡大したり回転することで、手術のアプローチを検討することも行なってきました。ただ、この仕組みでは、手術中に実際に部位を見て判断することまではできません。そこで、ARを描出できるゴーグルを使用することで実際の手術中に使用することができるようになりました(図3)。

  • VR画像3

    図3

また、過去の腹腔鏡やロボット手術の画像を取得し、それらを学習させたプログラムを新しい手術画像に重ねることで、手術のシミュレーションを行なうことを検討しました(図4)。AI予測モデルから『どこを切るべきか』をナビゲーションします。こうすることで、学生への教育や手術前のアプローチの検討はもちろん、将来的には実際の手術に利用することもできるようになると期待できます」(三吉氏)

  • VR画像4

    図4

AIナビゲーションでは、過去の手術で切除した場所から学び、新たなシーンに対して切除すべき候補領域を表示することができる。色分け表示されるのは、時間の経過とともに画像が変化した箇所であり、つまり「変化した=切除のためにつまんで動かした」ことから、切除してもよい場所と判断することができる。ナビゲーションに沿って手術を行なうことで、経験豊富なベテラン医師と同じような判断ができるようになるというわけだ。

MATLABとDeep Learning Toolboxを活用してAIナビゲーションを実現

MATLABは三吉氏のさまざまな取り組みを支えてきた。MATLABとの出会いはハーバード大学マサチューセッツ総合病院に2011年から2年間留学したときだという。留学のテーマががん研究における遺伝子ゲノム解析で、解析ツールとしてC++やR、Python、MATLABなどを用いたプログラミングを実践していた。

帰国後も、がんのリスク比やオッズ比、ハザード比などを計算する際に用いるのに加え、過去のデータを機械学習しAIの予測モデルを作成する際にもMATLABやDeep Learning Toolboxなどを活用してきた。

「画像データの機械学習やAIナビゲーションの色分け表示などにDeep Learning Toolboxを活用しています。AIナビゲーションシステムの研究では、映像データを解析し、手術中に使うガーゼなどの異物を検知できるようにする取り組みも行なっています。それらをリアルタイムに検知することで、異物を体の中に置き忘れるといったミスを減らすことにつながり、専門医でなくてもアラートによりミスを見つけやすくなります」(三吉氏)

画像データの機械学習には、触感を視覚で補う効果もあるという。腹腔鏡やロボット手術では開腹手術のように手で直接身体の部位に触れることができないため、映像や画像の判断がより重要になる。ベテランの外科医になると、小さな鉗子で部位をつまみ、鉗子を伝って部位の厚みや動きを「触感」のように把握する感覚があるというが、映像や画像を使ってナビゲーションすることで、そうした触感を可視化によって補うことができるのだ。

「MATLABを使って画像データを機械学習することで、視覚で補うような作業が簡単に実施できます。C++、Python、Rなどはプログラムを作り込む必要がありますが、MATLABはあらかじめ必要なものがツールとして提供されているため最小限のプログラムで済みます。教師データを用いた色分け表示や異物の検知などもDeep Learning Toolboxを使って簡単に実装することができました。大量の画像を教師データとして用意して学習させる必要もなく、転移学習を使って効率的に予測モデルを作成することができます」(三吉氏)

転移学習で医療分野以外の知見やノウハウを活用し、予測モデルを構築

転移学習は、ある領域の知識を別の領域の学習に適用させるAI技術の1つだ。医療分野AI予測モデル開発のような前例のない取り組みであっても、転移学習を活用することで、製造業などで培われた知見を応用し、手間なく成果を得ることができる。

「ガーゼなどの異物検知などは、まさに製造業における不良品検知などで培われてきた知見を応用したものです。外科医だからといって、好きなときに開腹して身体のなかを見ることができるわけではありせん。そのため、他の人の経験を本から学んだり、手術を見学したりすることで、自分なりの教師データを蓄える必要があります。また、ブタの腸を人の臓器に見立て手術の練習を行なうといったように、他の領域の知見やノウハウの活用も行なってきました。その意味では、他のビジネス領域でさまざまな知見を持つMATLABは、医療AIへの応用が行ないやすいツールと言えます。他の領域の知見やノウハウを組み合わせることで、新しい課題が解決できる可能性があります」(三吉氏)

手術という実験や検証が難しい領域だからこそ、AIを活用した予測が重要になるということだ。一方で、AIによる判断がブラックボックスになるリスクもある。だがこれは、「説明可能なAI」を活用することと、AIによる予測を実際の手術で確認することで予測の精度や効果を確認できる。

「MATLABによるAI実装のメリットとして、教師データを用いた色分け表示で行なったように、AIがどのように判断したかが目で見てわかるという点があります。ブラックボックス化についても、AIの判断を視覚的に『答え合わせ』することができます。さまざまなToolboxが提供され、1つのパッケージのように利用できるため、機能を組み合わせることですばやくさまざまな取り組みが実施できる点がMATLABのいいところです。可視化して伝えることも容易ですし、試作したプログラムもMATLAB Compilerを用いてアプリ化し、MATLABのない環境にも簡単に共有できます」(三吉氏)

医師にも患者にも、より安全で最適な手術を

取り組みを推進するうえでは、MathWorksのエンジニアによる支援も役立ったという。 「詳しい業界知識を持つエンジニアが、医療分野以外で培ってきた知見やノウハウを提供してくれるため、アイデアの実現や、課題を解消することがスムーズです。製品の使いやすさだけではなく、エンジニアの技術力もMATLABの大きな魅力です」(三吉氏)

三吉氏は医師として年間100件以上の手術に携わりながら、みずからMATLABを用いてプログラミングしている。医療関連の膨大なデータをまとめることは大きな負担だが、MATLABのツールは可視化が楽であるため、取り組みも無理なく実施できるという。

医療にAIを活用することは、属人的な技術を転用可能にし、ベテランの知見を若手が簡単に利用できるようになるというメリットもある。このAIナビゲーションは研究段階だが実用化されれば、医師にも患者にもより安全で最適な手術が実施できるようになる。まさに「待ち遠しくなる未来」へ向けた取り組みとなるはずだ。

関連リソース

■ 大阪大学医学部附属病院
■ MathWorks
■ MATLAB ではじめる AI
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