ソフトバンクは2023年3月28日、米アップルのiPhone/iPadシリーズ向けに5Gのスタンドアローン(SA)運用によるサービスを提供すると発表し、翌3月29日には5G SAの特徴を活用した法人向けの「プライベート5G」を提供すると発表しています。→過去の次世代移動通信システム「5G」とはの回はこちらを参照。

SA運用による5Gの本格展開に踏み切る動きは普及を見通すうえで重要である一方、本格普及に向けては課題も少なからずあるとも感じてしまいます。

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iPhone向けに加え「プライベート5G」もついに開始

現在の5Gネットワークは4Gと一体で運用するノンスタンドアローン(NSA)での運用が主流ですが、コアネットワークから基地局まで、すべてを5G仕様のもので運用することにより、5Gの性能をフルに発揮できるスタンドアローン(SA)運用への移行も徐々に進められつつあるようです。

すでに、携帯大手3社はSA運用によるサービスを開始しており、KDDIは法人向け、NTTドコモは法人に加え、コンシューマ向けにもサービスを提供しています。

そして新たに、SA運用によるサービスの拡大を発表したのがソフトバンクです。同社は国内で初めて、2021年10月から5GのSA運用による商用サービスを提供していますが、2023年3月末に2つの大きな動きを見せています。

その1つが2023年3月28日に、米アップルの「iPhone」「iPad」シリーズ向けに5G SAサービスを提供開始したことです。

対象となるのは「iPhone 14」シリーズと「iPad Pro 11インチ(第4世代)」「iPad Pro 12.9インチ(第6世代)」と新しい機種に限られ、いずれも利用するにはiOS 16.4/iPadOS 16.4にアップデートする必要があります。

5G SAサービスは当面無料で利用できるそうですが、将来は月額550円に有料化して提供する予定とのこと。

利用できるエリアを見ると、5Gのサービス開始当初に匹敵するくらい利用できる場所が限定されており恩恵を受けるのは当面難しい印象を受けますが、NTTドコモに続いてソフトバンクもコンシューマ向けのSA運用によるサービスを提供開始したことは、今後5GネットワークのSA運用への移行を本格化する上でも大きな意味があるでしょう。

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そしてもう1つは、その翌日の2023年3月29日に「プライベート5G」の提供を開始したことです。

プライベート5Gは法人向けの5Gマネージドサービスであり、要はソフトバンクのネットワークと、SA運用への移行で使えるようになるネットワークスライシング(第13回参照)、そして閉域接続サービスなどを組み合わせることで、その企業専用の帯域を確保し安定した通信ができる無線ネットワークを提供するというものです。

ソフトバンクがプライベート5Gのサービスを提供することは2020年5月に発表しており(第17回参照)、その際2022年度の提供を宣言していました。それゆえ2022年度になんとか間に合うタイミングで、サービス提供に至ったといえるでしょう。

また、ソフトバンクはプライベート5Gに対応した端末の取り扱いも発表しており、最初はシャープ製の5G SA対応モバイルルータ「SH-U01」を提供。それに加えて、住友電気工業とスマート工場の実現に向けた協業も打ち出しており、住友電気工業が開発中の産業用5G端末も、今後プライベート5G対応端末として取り扱うとしています。

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気になるネットワークスライシングの帯域幅

ソフトバンクは携帯4社の中でも、人口カバー率90%を達成するなど広域での5Gのネットワーク整備が最も進んでいるとされていることから、ソフトバンクの一連の取り組みは5G SAへの移行を加速する大きな動きと見て取ることができるでしょう。

とはいうものの、これで5G SAの活用が本格的に進むのか?というと課題がまだ山積されているように感じます。

まず、プライベート5Gに関してですが、気になるのはネットワークスライシングです。ネットワークスライシングはSA運用への移行で最も大きな恩恵が受けられる技術とされており、ネットワークを仮想的に分割することで、企業などが必要とする帯域を確実に確保できることがメリットとなります。

ただ、ネットワークスライシングを有効活用するには、分割しても十分な帯域を確保できるよう、ネットワークの帯域そのものを広げる必要があります。

しかし、現在ソフトバンクが広域での5Gのネットワーク整備に用いているのは4Gから転用した帯域が主で、これらは5G向けのサブ6(3.7GHz帯)やミリ波(28GHz帯)といった周波数帯と比べ帯域幅が狭いのです。

一方、ソフトバンクの代表取締役社長執行役員兼CEOである宮川潤一氏は、2023年2月の決算会見で、サブ6の整備は衛星通信との干渉で思うように進められなかったとしており、その緩和が進んだ今後、東名阪の大都市圏を中心に進めると話しています。

それゆえ、ネットワークスライシングをフルに生かせる帯域幅の広い周波数帯を用いたエリア整備はまだあまり進んでおらず、それがプライベート5Gの有効活用を妨げる要因となる可能性があるのです。

なぜならソフトバンクが当初提供するプライベート5Gは「共有型」、つまりパブリックな5Gネットワークの帯域をネットワークスライシングで分割し、割り当てる仕組みだからです。

もちろん、同社としては十分な容量を確保した上でのサービス提供を打ち出しているのでしょうが、4K・8Kなど大容量のデータ伝送が求められる放送用途などではスライスした帯域にも十分な広さを確保する必要があるだけに、プライベート5Gの利用が増えてしまうと帯域不足でサービスに制限が出てくることが懸念されます。

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コンシューマ向けのサービスに関しては一層課題が多く、最大の課題はやはりSA運用で利用できるエリアが非常に少ないこと。サービスの有料化を検討しているのであれば一層、早急なエリアの拡大が求められるでしょう。

そしてもう1つの課題は、とりわけコンシューマ向けに関してはSA運用を有効活用できるサービスや仕組みが存在しないことです。

正直なところ、スマートフォンで映像を見る程度であれば現在のNSA運用でも十分ですし、コンシューマ向けにネットワークスライシングを活用するとなると全国で多くの人を対象とする必要があり、どれだけネットワークの帯域を拡張しても帯域の確保には限界が出てきてしまうなど、サービス設計が課題となってきます。

そうしたことを考えると、SA運用への移行はまだ課題が多く順調に進むとは限らないでしょうあ。こうした課題はソフトバンクに限らないものだけに、5Gの有効活用を巡る携帯各社の苦悩は当分続くこととなりそうです。