2023年1月24日に開始された総務省の新たな有識者会議「5Gビジネスデザインワーキンググループ」。→過去の次世代移動通信システム「5G」とはの回はこちらを参照。
導入に向け方針が定められた周波数オークションの制度設計だけでなく、その対象となるミリ波など高い周波数帯の有効活用に向けた検討が進められていますが、その内容からは通信機器ベンダーと携帯電話会社のさまざまな思惑も見えてきます。
立場の違いで異なる思惑を見せる通信機器ベンダー
総務省での議論によって、限定的に導入する方針が打ち出された周波数オークション。
遠くに飛びにくいので広域をカバーしにくく、エリアカバーを主体とした従来の審査基準では利活用が難しいものの、今後の周波数割り当ての中心となるミリ波などを有効活用するため、エリアカバーなどの条件を緩和する分経済的価値に重点を置いて評価をするというのがその狙いとなっています(第84回参照)。
大枠の方針が定められたことから、今後は周波数オークションの具体的な制度設計などについて議論が進められることになりますが、そもそも現状ミリ波は携帯電話会社にとって非常に扱いにくい帯域であることから、活用もほとんど進んでいないのが現状です。
それゆえ、現状のまま周波数オークションを実施したとしても落札額が上がらない、あるいはそもそも入札しない事業者が多発する恐れもある訳です。
そうしたことから、周波数オークションの制度設計と同時に、ミリ波などの活用を模索するべく総務省に新たに設けたのが「5Gビジネスデザインワーキンググループ」という有識者会議になります。
この会議は2023年1月24日に開始されており、2023年7月ごろに報告書がまとめられる予定のようです。
執筆時点ではすでに3回の会合が実施されており、通信機器やチップセットのベンダー、そして携帯電話会社からのヒアリングが実施されていますが、その内容を聞いていると各社の立場の違いから、さまざまな思惑が見えてきます。
とりわけ思惑の違いが明確に出ていたのが通信機器ベンダーなどへのヒアリングで、中でもミリ波の活用に積極的に取り組むべきと主張していたのが米クアルコムです。
同社はかねてミリ波への積極対応を訴えており、ヒアリングの中でもミリ波の活用に向けた政府の支援を求めるほか、ミリ波対応端末が米国より少ないことを例に挙げ、ミリ波対応端末の値引き販売を強化するようインセンティブの付与も訴えています。
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総務省「5Gビジネスデザインワーキンググループ」第2回会合のクアルコム提出資料より。ミリ波の積極活用を訴えるクアルコムは、政府にミリ波の活用促進に向けた投資の強化や、ミリ波対応端末の値引き強化なども訴えている
一方でスウェーデンのエリクソンは、日本ではミリ波よりもサブ6での整備が進んでいない現状に課題があるとし、サブ6での出遅れを取り戻すことに重点を置くべきとの主張を強めていた印象です。
また、NECや富士通といった国内のベンダーは、オープンRANの推進に重点を置くべきとの主張が強かったと感じています。
こうした主張の裏には、やはり各社の立場とビジネスが影響しているといえます。クアルコムがミリ波を積極推進するのは、ミリ波対応のチップセットがハイエンド向けの高価格帯のものに限られており、その販売が拡大することで高い収益が見込めるからこそと考えられます。
また、エリクソンがサブ6に重点を置くのは、取引のある国内の携帯各社が料金引き下げ などの影響により、サブ6向けの基地局整備投資に消極的になっている現状を変え、機器販売を拡大したいからこそといえます。
そしてNECや富士通がオープンRANの推進を訴えるのは、事業範囲が国内にとどまっている両社が海外進出への足がかりとするべく、国内でオープンRANの実績をより多く作りたいが故でしょう。
ミリ波の割り当て条件緩和を求める携帯4社
一方、周波数オークションの直接的な対象となる携帯各社はほぼ主張が共通しており、それはミリ波が扱いにくく、整備しても現状ほとんど使われていないということです。その要因は大きく2つあり、1つはミリ波の基地局を整備しても狭い場所でしか利用できず、広域での利用が進まないことです。
そしてもう1つは端末の不足であり、ミリ波に対応しているのがハイエンドの一部端末に限られていることも活用が進まない大きな要因となっているようです。そこには、米国ではミリ波への対応をいち早く進めたアップルのiPhoneシリーズが、米国以外でミリ波対応モデルを導入していないことが大きく影響していると考えられます。
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総務省「5Gビジネスデザインワーキンググループ」第3回会合のKDDI提出資料より。5G対応端末は増えているがミリ波対応端末は増えておらず、同社が現在販売する19機種のうち、ミリ波対応端末はハイエンドの5機種に限られるとのこと
それゆえ、各社はともにミリ波はスタジアムなど人が多く集まる場所、あるいは産業用途などでスポット的、かつ一時的に利用することが中心になるとの見解を示しています。
また、その活用が本格化するのは5Gの整備が途上の現在ではなく、ミリ波を活用しやすくする技術進化が進んだ、もっと先のことになるのではないかとも見ているようです。
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総務省「5Gビジネスデザインワーキンググループ」第3回会合のNTTドコモ提出資料より。ミリ波の特性を考慮すると、混雑が発生する場所に基地局を一時的に設置するような活用の仕方をするなど、基地局整備の考え方自体を変えていく必要があるとしている
実は、携帯電話会社がミリ波の活用に苦しんでいるのは日本だけではありません。韓国ではミリ波が割り当てられた3社のうち2社が、基地局整備に消極的で割り当て時の整備条件を満たせなかったことから免許が取り消されてしまっています。
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総務省「5Gビジネスデザインワーキンググループ」第2回会合のサムスン電子提出資料より。韓国では携帯各社のミリ波に対する整備意欲が低く、免許割り当て時の条件を満たさなかったことから3社のうち2社が免許を取り消されるに至ったとのこと
また、当初ミリ波を用いて5Gを開始した米国でも、ミリ波の活用がしづらいことからその後実施されたサブ6の周波数帯免許割り当てのオークションが高騰しているといいます。
そうしたこともあって、各社はともにミリ波の割り当てに周波数オークションが導入されることには大きな反発をしていません。
これまで周波数オークションに強固に反対して楽天モバイルも、ミリ波への周波数オークション導入に関しては、「後発事業者に配慮した制度設計がなされるべき」としながらも、明確に反対との意思は示していないようです。
一方で4社が求めているのは、オークション導入の代わりにミリ波の審査基準を変えてほしいということです。
2019年に5Gの免許が割り当てられた際には、割り当てから5年以内に50%以上のメッシュで5G高度特定基地局を整備することが求められ、エリアカバーに重点が置かれていました。
しかし、その基準でミリ波を全国に整備しても有効活用が難しいことが見えてきたことから、各社ともミリ波の割り当て時はエリアカバーの条件を緩和して欲しいというのが本音のようです。
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総務省「5Gビジネスデザインワーキンググループ」第3回会合のソフトバンク提出資料より。同社ではミリ波ではその周波数特性に配慮し、エリア整備を重視しない割り当て方式を求め、条件付きオークションなどの新たな割り当て方式が「合理的」としている
5Gビジネスデザインワーキンググループでの議論は今後も進められていくこととなりますが、ポテンシャルは高いが非常に扱いにくいミリ波を巡って、立場の異なる各社がさまざまな思惑を打ち出してくることが考えられます。総務省がそれをいかに調整し、有効活用への道筋を進めていくかが非常に気になるところです。